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prologue

prologue-前編-


『破滅の女神がもたらした災いの雨を前に、勇者は剣を置き、傘を掲げました。そして勇者はいいました。「ここを僕らの楽園にしよう」と』ー童話【破滅の女神と勇者】の一説

 自分が見ている世界はとても広く見えて、実はとてもちっぽけなものだ。だって人間には目玉が二つしかないのだから。


 実は隣の部屋の住人が犯罪者だ。実は自分のクラスメイトはロボットだ。実はこの国の王様はすでに死んでいる。実は隣の国はもう滅んでいる。実はこの世界はゲームである。…なんて、確認のしようがない。したいとも思わない。


 自分が信じたいものだけ信じる、そんな無自覚の傲慢さを誰もが持っているものだ。そして誰もが、その傲慢さに足元をすくわれる。

 

 

これは、そんな役立たずの誰かの物語。
 

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 …波の音が聞こえる。

▼客船ー甲板

 

 どこまでも広がる青い海、遥か遠くで輝く水平線。晴れ渡る空に流れる雲、ペリカンの鳴き声。波をかき分け進んでいく客船に揺られながら、私は甲板で景色を眺めていた。

 美しい景色でもずっと見続ければ飽きてしまうもの。欠伸をしながら懐から1枚の手紙を取り出し、何度も読み返したそれをもう一度じっくり眺めた。

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蝶子表情 (1).png

???

「雨傘島、ですか…」

その手紙が私の元へ届いたのは、つい1週間前のことだった。

 

 差出人は【雨傘島管理人】。超高校級、あるいは小学生級と名高い者達へ招待状を送り、自身の島でバカンスを楽しんでほしい…という内容だった。

 客船のチケットが添えられた手紙を怪しまなかったわけではないが、政府公認の特別な便箋が使用されたそれは疑いようのない本物であることを、私は知っている。

 何故なら、この私もまた政府公認の特別な存在であるからだ。

 かの姫宮家の一人娘にして、小学生ながらに製菓教室の教員として壇上に立ち、大人顔負けの料理の腕を誇る天才…それが自分、姫宮蝶子だ。

 そんな私に手紙が届いたのは、ある意味当然のことだろう。才能ある者を集めて催し事をしたがる資産家はそれなりにいるし、今まで何度も参加したことがある。

 超高校級、超小学生級の才能とはそれだけの価値があるということだ。自分にはその自信がある。だからこそ、この客船にこうして乗っているわけだが…。

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​姫宮蝶子

「シアターもショッピングも飽きました…」

 居心地のいい個室、甲板に供えつけられたプール、船内レストランにシアター、フィットネスクラブにショッピングまで出来る贅沢な船旅だ。島へ向かう道中でさえこのもてなしようだ。雨傘島の管理人とやらは相当の富裕層に違いない。

 招待客は16人らしいが、その人数には到底不釣り合いな大きすぎる船だ。文句などつけようがない素敵な旅路なのは間違いない。しかし、小学生である私にとっては少々退屈なのもまた間違いない。船旅を優雅に楽しむには、私はまだまだ若輩者と言うことらしい。

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???

「わかる、飽きたのです…」

 急に割り込んできた声の方を向くと、いつの間にか隣には少女が立っていた。

 真っ白な髪に真っ白な帽子。飾りについた黒いウサギが顔の横で潮風を受けて揺れている。少しばかり小生意気そうな顔は自分よりもさらに幼く、身長も軽く見下ろせるほど低い。

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 両親と共に経営するブログ【アニマルファーム】で【ウサギ】と名乗り活動する小学生で、料理や小物造りが評価されて才能を得た…それが家庭科の時間であることは知っている。

 多少なりとも料理に関わる才能を持つ者同士、以前から気にはかけていたのだが…

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物造白兎

「シアターの映画はおこちゃま向けばっかだし、ウサギはブランドのバッグや

 お化粧品なんて興味ねぇのです」

 まさか、こんな派手な見た目をした自分より年下の子供だとは思わなかった。

 彼女の作る作品は丁寧な仕上がりで、たびたびSNSでも話題になっているのだが、その作品をこの子が作るようには到底見えなかった。

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物造白兎

「ネットが繋がっていれば、暇つぶしで作った作品をアップできたのですが…」

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​姫宮蝶子

「ここは海の上。おまけに今は世界的にネットワークの不調が

 起きていますからね」

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物造白兎

「ごーか客船なら、Wi-Fiくらい繋いどけってんです!

 ウサギの活躍場面はネットなんだぞです!!」

 喚く白兎の声が煩くて仕方がないが、彼女の文句も少しは分かる。ここしばらくの間、全世界のネットワークに障害が発生しているのだ。まったく使えないわけではないが、政府が規制している部分も多いようで、ネットワークをメインに活動する者は甚大な被害を被っているとか。

 

 やれどこの国で王が亡くなったとか、やれどこの国で感染症が大流行だとか、スキャンダルにゴシップに塗れたどうでも良いニュースも、自由に見られないと少し寂しく感じる。

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???

「仕方ないよ、0と1で作られた数字の世界って、少し崩れると

 スノーボールクッキーみたいにさくさくほろほろにになっちゃうから」

 またも割り込んできた声の主は、ふわりと傘を広げ甘く微笑んで首をこてりと可愛らしく傾けた。

 金の髪を潮風になびかせ、青い瞳は先ほどまで見ていた海と同じ色をしている。大きなリボンに、白兎に負けず劣らずのフリフリなドレスを纏う彼女もまた、自分たちと同類だ。

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物造白兎

「ウサギ、そこそこ有名人は知ってるほうだけど、お前のことは

 知らないのです。全然見た事ねぇです、ほんとに超小学生級なのです?」

 同類と言っても、私は彼女のことを全く知らない。顔は出さなくても活動は有名な白兎と違い、アリスはメディア露出がほとんど無いからだ。

 さんすうの時間というくらいだ、算数オリンピックなど有名な大会に出たことはないのだろうか?

 

 そう問うと、アリスはきょとんとした顔で顔に手を当て、不思議そうに首をかしげた。

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良田アリス

「だってアリスが大会に出たら、他の子が絶対優勝できなくて可哀そうだもん」

 それは、恐ろしいまでの自信だった。そう信じて疑わない、海が青いのと同じくらい当然の事だと言わんばかりの態度は、才能がある故だろう。

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物造白兎

「可愛い顔してとんでもねぇ自信家なのです」

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​姫宮蝶子

「プライドが高いのは結構ですが、あまり大っぴらにそういうことは

 言わない方がいいですよ」

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良田アリス

「ほんとのことだもーん。アリスより数字に強い人なんていないもん」

 ぷいっと拗ねて頬を膨らませ、そっぽを向く顔はまるで人形のように可愛らしい。だからこそ、余計にこの自信過剰の性格が鼻につくのは、私の性根が曲がっているから…とは思いたくない。

 

 この船にのった16人のうち、小学生級は4人。この2人は私より年下であり、自分より幼い子供がいる事実は少しばかり気持ちを背伸びさせたがるらしい。

 お姉さんらしくせねば、と思いながら毅然とした態度を保とうとしていると、最後の1人が鈴のような声色で話しかけてきた。

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​???

「海を眺めているのかしら?ええ、とても綺麗だものね。

 どこを見ても海だなんて、わたし初めてだわ」

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 日差しが透けそうなほどに色素の薄い彼女は、汗ひとつかかずに涼やかな顔で海の方を見ていた。

 海など誰も眺めていない。暇つぶしの会話をしていたのだが、彼女の眼には微笑ましくウォッチングしているように見えたのだろうか。

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沙梛百合籠

「クジラやイルカも見られたらいいわね。

 青い飛沫をあげながら、きっと優雅に鳴いてくれるわ」

 どうやら当たりらしい。私より一つ年上の彼女だが、どうも彼女のペースは独特でついて行きづらい。

 船に乗って最初に出会った時など「あら、迷子かしら?係員の人を呼ばないと…」と言ってスタッフに声をかけにいっていた。私が迷子なら、同じ小学生の貴方も迷子でしょう、と呆れたのは記憶に新しい。

 

 そんな彼女の指は、まるで生きているような繊細な標本をつくることで有名だ。顔を見たのは初めてだが、博物館などで彼女の名前を見かけたことがある。幼い頃から活動していたらしく、自分がテンパリングのヘラを持つ頃にはすでに博物館への寄贈などをしていたらしい。

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良田アリス

「クジラさんがいたら背中に乗れるかなぁ…

 でもアリス泳げないからつまんないや」

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物造白兎

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沙梛百合籠

「どうでもいいけど、早く島に着きやがってんです」

「本当に真っ青な空に海…魚やサンゴの標本も作れるかしら」

 会話をしているようで、全くしていない。自由気ままな子供に、才能ある者としての自覚を持てという私は厳しく映るのかもしれない。

 しかし私は姫宮家長女、姫宮蝶子だ。並みの子供と一緒ではいけない。常に一歩も二歩も先に歩まねばならないのだ。

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???

「みんな~!あんまり日差しの下にいたら、熱中症になっちゃうよー!」

 誰かに呼ばれ、一斉にそちらの方を見る。船の中から手招きつつジュースを注ぐ彼女は、間違いなくこの船の中で最も有名な人物だ。あの顔を知らないなど、余程の世間知らずか赤ん坊くらいなものだろう。

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 サイドテールをトレードマークのピンクのリボンで結い上げ、日差しに負けない眩しい笑顔は360度どの角度から見ても可愛い。

 らぶりはアイドルグループ【Honey Rays】の最年少メンバーであり、同時にリーダーとして常にトップに輝いている。同時にメンバーの魅力を引き出すマネジメント力も評価され、ファンからは【らぶりP】と呼ばれるほどだ。

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​雨土筆らぶり

「はい、姫宮さんはミルクたっぷりのカフェラテね。物造さんはマンゴーと

 キャロットのミックスジュース、沙梛さんは綺麗な青色のバタフライピー

 で、良田さんはハートのアイスが浮かんだメロンソーダだよ」

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 私達の分のジュースを、好みを把握したうえで用意する気遣いはさすがアイドルグループのリーダーをしているだけある。私達小学生からすれば、高校生である彼女はとても大人に見えた。

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​姫宮蝶子

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​雨土筆らぶり

「ありがとうございます、お気遣い感謝します」

「そんなにかしこまらないで!

 せっかくのバカンスなんだから、楽しまなくっちゃ」

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物造白兎

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沙梛百合籠

「ありがとなのです、アイドルのおねーさん」

「まぁ、アイドルさんなの?とってもきらきらして素敵ね」

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良田アリス

「あいどる?アリス、自分より可愛い女の子は知らないや」

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​雨土筆らぶり

「あはは…Honey Raysのらぶりも、まだまだってことかな」

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​姫宮蝶子

「…同じ小学生級として、謝罪します」

 カフェラテで喉が潤い、氷のからんという音が耳に心地いい。あたりを見渡せば、同じくパラソルの下で何人かが涼みながら各々過ごしていた。

 隣の机の人物が食べているフルーツポンチがやけにキラキラと輝いて、思わず見ていると目があった。

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???

「んー?あなたも食べたいの?あっちのフルーツパーラーでもらえるよ」

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​姫宮蝶子

「いえ…器がとても綺麗だったので、つい」

 炭酸に浮かぶ色とりどりのフルーツを、より美しくしていたのはそのガラスの器だった。きめ細やかな細工の中で踊る果実の彩は、まるで宝石箱のようだ。

 私の言葉を聞いた瞬間、彼女は目を輝かせてずずずいっと近寄って来た。

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???

「ほんとっ?この器、あたしが作ったの!

 とってもステキでしょ!こういうの、作るのだーいすきなんだ!」

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 ガラス工芸を得意としており、中でもカットグラスやサンドブラストなどコールド加工を好んでいる。現在はネットの受注販売をしており、SNSで流行ったりしているようだ。

 雑誌などに作品は乗るが名前はあまり乗らず、私もこの船に乗るまでは彼女のことを知らなかった。

 なのに何故詳しく知っているかと言うと。

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御透ミシュカ

「それでね、あたしのガラスってすごーく綺麗でみんないっぱい好きって

 言ってくれるんだ!

 えへへ、あなたにもーっとあたしのこと知ってほしいなっ」

 1から10まで彼女自身が語ってくれるからだ。才能に自信がある…というよりかは、ガラス工芸そのものが好きなようだ。あるいは、自分語りが好きなのかもしれない。

 ノンストップで語る彼女の勢いに押されつつ、曖昧に相槌を打つ。熱で加工する繊細なガラス細工はチョコレート細工と似通った美しさを感じているが、この賑やかさは少々私には合わない。

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御透ミシュカ

アリス表情 (1).png

良田アリス

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​姫宮蝶子

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物造白兎

「あ、そうだ!ここのバーでもあたしのグラスが使われてるんだ!

 良かったら見に行こうよ!可愛いガラスの置物とかもあるよ!」

「わ、私はそろそろ船内で休もうかと…少し日に当たりすぎたようです」

「アリスいきたーい!可愛いガラスさん、見たーい!!」

「ウサギの置物はあるです?」

 バーは未成年向けのドリンクもあるが、子供を堂々と連れ込んでいいのだろうか…という思いは口に出さず、元気に小走りでかけていく背中を見送った。

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​雨土筆らぶり

「走ったら危ないから、気を付けてねー!」

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沙梛百合籠

「…落ち着けるようになったわ」

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​姫宮蝶子

「ふぅ…それではお二人方、ごきげんよう」

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