Chapter5
Chapter5―破滅の女神と勇者―非日常編
島の一番奥。森に囲まれた建物の鍵はすでに外され、秘めゴトを詰め込んであるであろう扉は誰も拒絶しない。
止めないのか、とモノボウズに問うた。
止めません、とモノボウズは答えた。
止めたところでどうせ探るのだろうと。止めなかったところで、どうにもならないだろうと。そういうモノボウズからは、鬼気迫るものは感じない。
止めても止めなくてもどちらでもよいと、本気でそう思っているようだった。
人気はない館内だが手入れは行き届いているようで、埃ひとつ落ちていない。窓も大きく光が差し込み、森の奥の建物という薄暗い印象とはずいぶん違った。
何に使うのかよく分からない機械や、何が書いてあるのか読めない資料、その他にも理解が及ばない物が並ぶこの施設が、一般的なものでないことはすぐに分かった。
アヴェル
芍薬ベラ
「もっと大事なものばっかり置いてあると思ったけど、意外とそうでもない
ものもあるみたいね」
「あ、これ最初にやったビンゴのカードなの!
らーちゃん、ビンゴにならなかったけど楽しかったの~」
ベラの手に握られたビンゴカードは、かつて僅かな間だが流れた穏やかな時間を思い出させてくれる。
そのカードをじっと見つめ、しばしの感傷と情景に目を瞑るベラは、ふと何かが引っかかる。
アヴェル
芍薬ベラ
芍薬ベラ
「んー…?ん~?……なんからーちゃん、このカードが気になるの!」
「このカードって…リーチで止まってるわね。」
「うーん…殆ど開いてないけど、こんなに開かないものなの?」
アヴェル
芍薬ベラ
「相当運が悪かったか…あまり興味無さそうだった、アリスのカードだったの
かもしれないわね。ほら、それより調べものはまだまだあるわよ」
「こっちのお部屋は物置みたいだし、向こうのお部屋に行ってみるの!」
次に開いた扉は、一歩踏み入れるだけで圧倒されるほどの棚が並んでいた
棚に几帳面に並べられた資料は膨大で、1つ1つを開いている時間はない。真新しいそうなものや目立つものを優先的に手に取ると、1枚の写真が落ちた。
芍薬ベラ
「この人、だぁれ…?見た事ない人なの」
アヴェル
「この資料に挟まっていたみたいね。これは…超高校級のフィールド
ワーカー 矢継橋美録に関しての資料みたい」
芍薬ベラ
「それじゃ、この人が沙梛ちゃんの言ってたみろくちゃん…?」
写真に映った人物は、おおよそ悪人とは思えないような、普通の女性だった。健康的な肌に快活な笑顔、よく動き回るのか怪我をしており、だからと言って暗い印象は受けない。大き目の帽子とコートがよく似合う、そんな女性だった。
モノボウズが危険視するアンプルを沙梛百合籠に手渡し、この世を去った女性。そんな人物にはとても見えず、ベラは写真を見ながら首を傾げた。
芍薬ベラ
「うーん…悪い人には見えないのに…」
アヴェル
「見た目じゃ人は分からないわよ。嘘をついて騙して、平然と笑顔を浮かべる
人もいる…そういうものよ」
目を細めたアヴェルは資料に目を通しながら、そう呟く。それはベラに言うようであり、自分自身に向けた独り言のような呟きだった。
資料を見る目が少し遠くなり、何かを懐かしむかのように数度瞬きをする。
芍薬ベラ
アヴェル
芍薬ベラ
「アヴェルちゃんも、嘘つきさんなの?」
「あら、女にとって嘘って化粧みたいなものだもの」
「???」
ベラの大きな瞳は不思議そうにアヴェルを見つめる。隣に立つ人物を一切疑うことはなく、ただ不思議そうな顔に、アヴェルは思わずと言ったように苦笑した。
アヴェル
芍薬ベラ
アヴェル
芍薬ベラ
「髪を染めたり、経歴をごまかしたり…あとは内緒」
「そっかぁ…内緒は悪いことってわけじゃないと思う。
らーちゃんも内緒なことあるから」
「あら、貴方の嘘はなんなのかしら」
「女の子の秘密は薔薇さんの棘みたいにちくちくだから、内緒なの」
机や棚に並ぶ瓶を見上げながら、白兎は理科室のようだと思った。学校で見た理科室を、もっと専門的にして広くしたような、そんな部屋だ。
部屋の片隅には、沙梛百合籠が島中に仕込んだアンプルのフェイクが乱雑に積んである。一体どれだけの数を仕込んだのか、両手の指で足りない数なのは確かだ。
棚はガラス張りで、そこに映る自分の顔を見つめる。長く伸びた髪はアリスに切られ、肩まで切り揃え動くたびに耳元でさらりと音がする。
大きな黒い蝶のように頭を飾るリボンは、姫宮蝶子がつけていた物だ。
栂木椎名
物造白兎
「姫宮さんとお揃いにしたんだね」
「…はいです。蝶子ちゃんはうさぎに、色んな事を教えてくれたです。
…その思い出を忘れたくないのです」
物造白兎
「うさぎが大きくなって、いつか可愛くなくなっても…
頑張ろうって、蝶子ちゃんがいたから思えたのです」
そう言いながら喉元をさすり、白兎はうさぎの形のポーチを見下ろした。
白兎のポーチには、蝶子がいつも身に着けていたブローチが入っている。自分自身の手で、蝶子の家族に渡そうと言う白兎なりの決心だ。
物造白兎
「背が高くなって、スカートもフリルが似合わなくなっても、
声が低くなっても、ウサギはウサギなのです!」
そう言いながら、少年は笑った。
栂木椎名
栂木椎名
物造白兎
「…ぼくは見栄っ張りだから、そんなかっこよくは生きていけないよ」
「椎名はいつでも現実をちゃんと見てて、冷静で、すげぇりっぱな人なのです」
「はは…買いかぶりすぎ。
本当は1人じゃこの施設の調査も出来ないような、ださい男だよ」
資料に目を落としつつ、その目は文字をなぞらない。ただ紙の束を見下ろしているだけの椎名の横顔が、髪を切った今ではよく見える。
物造白兎
「そういえば椎名もさっぱりしたのです。どーしたのです?」
栂木椎名
「僕の場合は、単純に気分転換だよ。
後はまぁ…長い髪は苦い思い出になっちゃったから、それもあるかな」
物造白兎
「じめじめ感がなくなって良いと思うのです」
島の中央にそびえたつレインツリーの下で、大鳥外神は手を合わせ小さな花束を供えた。
それは死んでいった彼らへの手向けの花だ。
大鳥外神
「……どうして、こんなことになったのでしょうね」
一人一人の顔を思い浮かべては、眉間に皺をよせ今にも泣きそうな顔になりつつ、ぐっと堪えて目を閉じる。
墓など辛気臭いものはあえて作りたくはない。ならば、この島で死んだ者は、この島の中央の一番大きな樹に供えるべきだと思った。
生花は花粉や虫がつくからと、ブリザードフラワーにするあたりが外神らしい手向けだろう。
大鳥外神
「大人として、皆さんを守らないと…」
高校生と言えどまだまだ子供。そんな彼らを守れるのは、大人である自分だけだと、自分に向かって語り掛ける。
レインツリーの葉の隙間から零れる光は淡く、いつもより強い風のざわめきは島全体に響く鳴き声のように聞こえた。
上に広げられた1冊の本を、モノボウズは器用にめくる。
【破滅の女神と勇者】、よくある童話の1つで、特別有名でもないなんてことのない本だ。
モノボウズの傍らには、目をつむったまま動かないアリスが座っていた。
モノボウズ
「たとえ世界が闇に包まれて滅んでしまっても、勇者の心が皆を
守ったのです。勇者は仲間たちに囲まれ幸せに暮らしましたとさ。
めでたし めでたし…」
モノボウズ
「絵本の世界のように、この世界も幸福であればいいと思っております。
貴女も一緒に、そこにいれば尚よいと」
独り言つモノボウズの声に感情はない。それでも、物言わぬ人形となったアリスに比べたら、哀愁というものがそこにはあるのかもしれない。
モノボウズ
「そろそろ裁判が始まる頃です。彼らが何を知り、どんな思いを
持とうと…私は私達の楽園を築くのみ」
モノボウズ
「それでは、いってきますね、アリス」