Chapter4
Chapter4―うたかたの記憶―非日常編
モノボウズ達がアンプルを探して数日が経つが、未だに発見はされていない。
沙梛百合籠があちこちに仕込んだフェイクに悪戦苦闘のようで、それらしいものを見つけては慎重に取り扱い、偽物だと判断し落胆するモノボウズを頻繁に見かけた。
ある時は中央のレインツリーの樹の中に。
ある時は道路の石畳の間に。
ある時は講堂の天井と壁の境目に。
ある時は温泉の脱衣所のカゴに。
ある時はレインドッグに並ぶグラスの中に…。
あの儚げな沙梛百合籠のどこにそんな活力があったのか、とにかくあちらこちらからアンプルらしいものが見つかるのだからキリがない。
思えば、虫を取るために木登りなんかも得意だと、いつか彼女は言っていた気がする。アグレッシブ沙梛のフェイクはモノボウズ達を迷わせ、しばらくの間白黒の影に直接かかわらずに済むのは気が楽だった。
同時にアンプルが見つからないことに不安を感じ、一緒に探そうと言った者もいる。が、危険物なのでの一言で、あっさりと却下され、時間を持てあます日々がつづいた。
耳障りな音割れが一瞬した後、島全体に響き渡るアナウンス。それは今までろくな知らせをしてこなかったが、その日は少し違った。
『この度、アンプルが無事に発見されました。これで皆様に安心してお過ごしいただけます。長らくの窮屈な生活を強いてしまい、誠に申し訳ございませんでした』
アンプル。沙梛百合籠が矢継橋美録から受け取り、隠し持ったまま島に持ち込んだ、モノボウズ曰く『危険物』。そのラベルを落とし、それが見つかったことからこのコロシアイが始まってしまった。
そのアンプルが、見つかった。
真っ先に感じたのは、安堵や嬉しさよりも、疲労感だ。ずっと走り続け、立ち止まった時にやっと疲れていたんだと気づいたような、そんな疲れ。遅れてくる身体と心の重さが伸し掛かる。
アンプルの正体は未だに分らないが、少なくともこれを巡ったコロシアイは、もう起きないだろう。そうに違いない、そうに決まっている。
殺し合う理由なんて最初からなかったのに、皆疑心暗鬼になりすぎてしまっていたんだ。悲しみの連鎖はここでようやく終わるんだ。
なんて、そんな晴れ晴れとした気分にはなれない。失われた命は戻らず、結局外にも出してもらえない。ただこの島で『生きているだけ』だ。
帰りたいという希望は徐々に崩れ、今ではその気持ちを持つことにさえ疲れてしまった。
姫宮蝶子
「…なんだか、どっと疲れました」
アヴェル
「モノボウズ達がぴりぴりして、嫌な汗をかいちゃったわね…
お風呂でも入りに行こうかしら」
物造白兎
良田アリス
「はぁ…汗でべたべたなのです」
「汚れちゃったや…お風呂入らなきゃ」
まだまだ日差しが暑く、夏の昼が少しばかり短くなった程度では、流れる汗は止まらない。
モノボウズ達はロボットだから汗をかかないとは言え、あちこち探して動き回る姿は見ているだけでも暑苦しいものだ。
それでもようやく、悩みの種が見つかったことは事実だ。もうこれでモノボウズに脅されるようなこともないだろう。
後は島の外に出て、故郷に帰れれば…そう願いつつ、それは未だに叶わない。新しく見つけたドールハウスはもぬけの殻で、最奥の建物はやはり鍵がかかって入ることができない。
探索の足も止まり、もだもだと足踏みをしながら時間がただ過ぎていった…。
モノボウズの放送がなったのは丁度お昼頃。昼食を食べ終え、少し時間が過ぎて腹ごなしがてら散歩をしていた物造白兎は、ドールハウスの前にいた。
物造白兎
「こんな場所にあるのは変だけど、可愛いお家なのです…」
切られた髪を切りそろえ、やっと少し気分が落ち着いてきたとは言え、まだまだ軽くなった頭の違和感に慣れることはない。可愛い家の探索は、白兎の気を紛らわせるのに丁度良かったのだ。
おもちゃばこにそのまま仕舞えそうな造形の家は、テーマパークの一角のようで少しわくわくする。鍵もかかっていない扉を開けると、かすかに何かの音がした。
物造白兎
「お水の音…?ここ、水通ってるです?
形ばっかりの家だと思ってたですけど…」
水の音はどうやらお風呂場から聞こえているらしい。誰かこんな場所で入浴しているのだろうか?コテージには個別のシャワーもあるし、温泉もあるのに、なぜ?
シャワーを浴びているにしては、ずっと音が止まない。音の変化はなく、ずっと床や水面を打ちつづけるような無機質な音だ。
物造白兎
「もしかして水だしっぱなのです?
まったく、節約意識のねぇ誰かさんですね!」
水が出したままなら止めないと、と軽い気持ちで浴室のドアを開く。予想通り、シャワーが出っぱなしで浴槽に向かって流れ続け、水が溢れていた。
けれど、強烈な違和感に目が向いてしまう。
どうしてバスタブから足が生えているんだろう。
バスタブにかかっているタオルのように、誰かがバスタブの中に顔をつっこんでいる。バスタブの中にはなみなみの水が溜まっている。
なにより、その足には見覚えがあった。
咄嗟に駆け出し、胴体と掴んで後ろに思い切りひっぱり、バスタブから引きずりあげる。それが出来たのは、その足の持ち主が自分同様にとても小さな体だからだ。
物造白兎
「なんで…っ、なんで、なんでぇっ…!?」
ぐったりと濡れぼそった体は冷たく、持ちあげても息をすることはなく、ぼとりと物のように落ちた。
そしてそこにいたのは、1人じゃなかった。浴槽の中に浮いていたのは1人じゃなかった。
ただ眠っているだけのようなのに、息もせずに浮かぶ姿は、同じようにただの物のように無機質だった。
モノボウズのアナウンスが聞こえる。遠く遠くから、耳をつんざく声が聞こえてくる。なんで、なんでなんでどうして、なんでこんなものが聞こえてくるんだ。
大鳥外神
「え…………アナウンス………? ど、どうして…………」
栂木椎名
「アンプルはもう見つかったんだろう?
なんで……なんでまた、こんなことが起こるんだよ?」
モノボウズ
「……………なぜ」
栂木椎名
「何故もなにも、君は全て知ってるんだろう?今までの裁判でも、事件の真相
をすべて知った上でぼくらに解かせて、悪趣味だったじゃないか」
モノボウズ
「いいえ、いいえ、知りません、分かりません。
私は知らない、なぜこうなったのか、私には分かりません」
今までと違い、心底不思議そうに、ゆらゆらと迷う様にモノボウズの体は浮かんでいた。感情などないのに、困惑しているように見える反応は初めて見るものだった。
いつも冷徹に並べられた言葉が、不安的な音程のまま声となる。
栂木椎名
モノボウズ
「…犯人を、探しましょう。探さないといけない、知らないといけません。
裁判を致しましょう、捜査をいたしましょう。そうでなければなりません」
「今まで通りのことだろう?君に言われずとも、やるさ、やるとも……
こんなことを”今まで通り”と表現したくはないけれどさ」
音切おとり『ガキを二人もヤったのかよ。えげつねぇ〜』
江見菜みいな『…殺人鬼でも混ざってるのかな』
事件が起きたから捜査をして、裁判をする。なんどもしてきたことだが、どうにもモノボウズの様子がひっかかる。
現場のドールハウス、今まで立ち寄った場所、コテージ、そして森の奥。
誰も入れない謎の建物の扉に、ダメもとで手をかけてみた。
ぎぃ…
ーーーーーーーーーーー開いた。