prologue
prologue-後編-
▼客船ーレストラン
広々としたレストランも、客が少なければどこか寂しいものだ。和洋中が揃った料理はどれも絶品で、おやつに食べたチョコレートのカロリーを考えたら我慢すべきところ…と分かっていても、一皿だけ追加してしまった。
まわりを見渡せば、カウンターで角沢才羅がテイクアウトを注文し、近くの席では桜春もちがてんこもりのご飯に舌鼓をうっている。
希望すればルームサービスでの食事も可能なのだから、至れり尽くせりである。
姫宮蝶子
「このケーキが可愛いから…っ」
???
「ねー、このケーキに飾られてるお花さん、とっても可愛くって
好きなの!」
広い空間に点々と一人で食事を取るのが寂しいのか、皆気づけば近いテーブルに座っていた。自分の真横のテーブルに座る彼女も、にぱっと明るい笑顔でケーキを食べている。
それは最早ケーキを土台にした花束のようで、彼女自身が盛りつけたらしい。
???
「ここの料理に使われてるお花さんはね、エディブルフラワーって言って
ちゃんと食べられるの!」
花屋【Fatafiore(ファータフィオーレ)】に務め、花に関する知識と技術は多方面で活躍している。メインは花な為彼女自身が目立つことはないが、実際に出会ってみると早々忘れることは出来ない人物だ。
ふわふわした喋り方に花のついた帽子、愛らしい容姿で気づきにくいがすらりと背は高く、余計にゆるゆるとした性格が目立っている。
天然と言うべきか愛嬌と言うべきか、舌ったらずな幼い喋り方も彼女の魅力の一つかもしれない。
花に対しては真摯で丁寧、花束ケーキもじっくりと花を愛でてから葉の1枚も残さず食べている。お花を食べるなんて可哀そうなの~なんてことを言うかと思っていたが、花に向き合うその姿勢はまさしく才能人なのだろう。
芍薬ベラ
「このお花さんたちは、ご飯を飾って、食べてもらうために育てられたの。
だからちゃんと食べてあげなきゃ、そっちの方が可哀そうなの」
姫宮蝶子
芍薬ベラ
「本当にきれいな花ですね。チョコレート細工で花の形にすることは
ありますが、この生花と組み合わせたお菓子を考えるのも楽しそうです」
「それ、すっごく可愛いと思うの!お花さんが必要だったら、
らーちゃんに言ってね!」
桜春もち
「エディブルフラワーとはちょっと違うけど、毎年春の季節は桜の塩漬けが
たくさん必要なんですよね~」
芍薬ベラ
「食用の桜ちゃんはメインじゃないけど、新しい品種の紹介なら出来るの!」
花は様々な場面で用いられ、贈り物であったり飾り物であったり、それ自体に意味を持たせることもある。
???
「今度の脚本の演出に花を用いたいんだけど、よかったら話を聞かせて
くれないかな?花にこめる意味、色合い、時期…どれも場面を美しく
彩ってくれるだろうからね」
そう言いながら近くの席に座ったのは、青い髪の男性だ。青の隙間から黄色を覗かせつつ、柔和な笑顔でこちらに話書けてくる。
新進気鋭の脚本家で、彼が執筆した脚本のどれもが素晴らしい出来だと評判で、作品の理解と解釈が深く丁寧な作りであることで有名だ。
監督や俳優なんかは名前を見ることはあっても、脚本家の名前はそこまで見ることはない。彼自身のファンというのは少なく、実際私も名前を聞いたことくらいしかなかった。
雨土筆らぶり
「栂木さんの脚本はすごくステキですからね!
今度の新作も楽しみにしています」
君野大翔
「君の書いたシナリオはどれも演じていて楽しいからね。
花を使うとなると、恋愛ものなのかい?」
栂木椎名
「まだそれは内緒だよ。アイドルと彼氏役に期待されてコケたら、脚本家の
名折れだからね。めいっぱい期待しておいていいよ」
芸能界に所属するアイドルと俳優は、さすがに脚本家のことも知っているようだ。芍薬ベラに話を聞いているうちに、彼のお腹のがくぅと鳴った。
栂木椎名
「あ、そうだった、ご飯食べに来たんだった…」
照れくさそうに頬をかいてメニューを広げる彼は、良く見れば髪はよれていてシャツも皺が出来ている。どうやら執筆活動に専念するあまり、身だしなみがきちんと出来てないようだ。
姫宮蝶子
「ドレスコードが無いとはいえ、最低限の身だしなみはマナーだと
思いますよ」
栂木椎名
「あはは、手厳しいな…んーどれにしよっかな。どのメニューも美味しそうで
迷っちゃうよ。この海老フライの写真なんて衣のサクサク感が今にも
聞こえてくるようで…」
ハードボイルドからホラーまで名作を作り出す脚本家だが、どうにも自分の世界に入りやすいものなのだろうか。料理の写真を眺めてはじっくりと吟味して、散々迷った結果エビフライに落ち着いたらしい。
▼客船ー個室前廊下
夕食を食べてお風呂も済ませ、夜風を少し浴びてから眠ろうと廊下を歩く。いつもなら3食栄養バランスを完璧に整えた食事を済ませ、お稽古をして勉強をしてすぐにベッドに入るが、ここではそれを咎める者はいない。
もちろんそれに甘えてぐうたらするなんて、そんなだらしないことは出来ない。しかし、ほんの少しばかりの息抜きをしたって許されるだろう。
廊下を歩いていると、丁度部屋に戻ってきたであろう男性と目が合う。
大鳥外神
「あ、こんばんは姫宮さん…お散歩かな?」
姫宮蝶子
「ごきげんよう、少し夜風に当たりに。貴方は…夜食ですか?」
手にコンビニの袋をぶら下げ、透けた袋の中にはケーキやレトルト食品が入っているのが見えた。
姫宮蝶子
「レストランやルームサービスもあるのに何故…」
大鳥外神
「ルームサービス!?レストラン!?む、無理無理、人の手作り料理なんて…!
サラダだって生野菜が大量に…海の上だからって生魚も多いし…」
そう話しながら身震いする彼は深くマスクを付け直し、いやいやと首を横に振っていた。
細菌学の界隈ではトップクラスの実力者だが、彼は非常に控えめな性格で知名度はなく、なおかつ極度の潔癖症のことの方が有名なくらいだ。
この船に乗る時も「半径3m以内には近づかないでいただきたい」「海にはどんな細菌が風に乗っているか…」と文句を言っていたため、嫌でも印象に残っている。
自叙伝も出しているそうだが、内容が相当に不愉快らしくカルト的なファンがいるとか。この生きづらそうな極端な対人との距離の取り方が原因ではないだろうか?
姫宮蝶子
「料理に関わる才能としては、そう言われるとなんとも居心地が悪いのですが」
大鳥外神
「ああっ、ご、ごめんね…消毒をしっかりして料理工程を全部確認して
綺麗だったら、姫宮さんのチョコも食べれる、かな…」
子供に対しては精一杯優しい態度を取ろうとするあたりは信頼出来るが、これが大人だったらろくに会話せずに部屋に入っていたのではないだろうか。
なんとも個性豊かな15人と私を乗せて続いた船旅も、ついに島にたどり着き錨が降ろされる。
姫宮蝶子
「ふぅ…長い船旅でしたね」
御透ミシュカ
「わ、やっとつーいたーっ!」
大鳥外神
「船は疲れる……」
物造白兎
「久しぶりの地面だです!島につきやがったです!」
良田アリス
「アリス、お靴に砂がついちゃうのやだなぁ。誰かだっこしてくれないかな」
君野大翔
「いい天気だね。まさにバカンス日和って感じだ」
沙梛百合籠
「素敵な場所ね」
白い砂浜を踏みしめ顔を上げると、緑豊かな自然が広がっていた。穏やかな気候で周りは綺麗な海に囲まれ、バカンスにはうってつけではないだろうか。
そんなことを思い思いに考えながら港に降りると、小さな人形がそこにいた。
???
「皆さま、ようこそお越しくださいました。
長い船旅でしたが、楽しんでいただければ幸いです」
半分は白くひらひらとレース生地をつけ、もう半分は黒くやぶれている。頭に変な飾りがあったりと奇妙な見た目ではあるが、首らしき部分にかかったロープを見れば、それは誰もが目にしたことがあるフォルムだ。
白黒のてるてる坊主は、優雅にひらりと舞ってお辞儀をした。
モノボウズ
「私は島の安全を管理するロボット、モノボウズと申します。
島の管理者がご不在のため、代わりに私が挨拶をさせて頂きます」
音切おとり
「てるてる坊主?なんか親近感わくなァ〜」
角沢才羅
「……デザインに効率性が感じられない」
桜春もち
「デザインは楽しむものですよ〜?効率なんて求めてどうするんですか〜」
栂木椎名
「管理ロボット?へぇ、すごいね」
モノボウズ
「この雨傘島は豊かな自然に囲まれ、のびのびと生活することが出来ます。
お店にカフェ、図書館に牧場など様々な施設が取り揃えられていますので、
心行くまでおくつろぎください」
モノボウズ
「何か御用がありましたら、遠慮なく私達にお申し付けください。
赤い紐の個体が、私リーダーロボットとなっております」
モノボウズがそう言うと、同じ姿をしたロボット達が荷物を運んでくれる。どうやら普段は島の整備は彼らが行っているらしい。
モノボウズについて行くと、コテージが1人1件ずつ用意され、島にいる間はここで寝泊まりをするようだ。
どこまでも澄み切った海に囲まれ、豊かな自然の中で羽を伸ばす。なんともステキなリゾート生活を楽しめそうだ。
…そう、思っていた。