Chapter5
Chapter5―破滅の女神と勇者―裁判編(2)
大鳥外神
「事の始まりは、僕がエリスを生み出したことです。
…あぁ、もちろん研究チームの功績であって、僕ひとりの力じゃないですよ」
大鳥外神
「細菌研究の一環で偶然生み出されただけで、世界を滅ぼす殺りく兵器を
作るつもりなんてありませんでした」
大鳥外神
大鳥外神
「エリスはあまりに危険すぎた。感染力が高く、かつ、致死率も高い…
生物兵器として使うにも、リスクが高すぎたんです」
「けれど…それをどこかのお偉いさん方か国かが、流出させたんですよ。
故意が事故かはわかりませんが…あれだけ危険だから使うべきではないと
僕らは散々忠告したのに…」
大鳥外神
「そのエリスが放たれた国こそが、あのボトルメールの差出人…
ロボット工学者の甲賀路傍のいた国です。国の住民はほぼ息絶え、
海外に逃げた方も発症し次々亡くなっていきました。
…滅びるのに1か月もかかりませんでしたね」
栂木椎名
芍薬ベラ
大鳥外神
大鳥外神
「1か月もたたずに、国が滅んだなんて…冗談だろ。
映画か何かの間違いじゃないのか…」
「いくら危ない病原菌だからって…病気で世界が滅びるなんて、
信じられないの…」
「君達は、エリスの恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのです。
そのエリスを作ったのは、超高校級の細菌学者としてずっと第一線で
研究し続けてきた、僕なんです」
「一般常識や予想などを、軽々と超えてしまうのが才能…
それは、才能を持つ君達ならよくわかっているはずです」
外神の目には、なんの悪意も欺瞞もない。彼は己の才能を信じ、己の生み出したものを事実とし、その結果を当然のように受け入れているだけだった。
未来が確約された、才能ある者達の中から更にとびぬけて輝く存在、それが超高校級。その実力の証明は、ほかならぬ自分達である。
大鳥外神
「あの国には、ロボット工学者の彼だけでなく、アリスちゃんを作って
くれたプログラマーもいたというのに…あの2人が亡くなった今、
アリスちゃんを直すこともできない…」
アヴェル
大鳥外神
大鳥外神
「そういえば、ニュースでその2人が亡くなったって流れてたけど…。
でも国が滅んだなんて、聞いたことが無いわ!でたらめ言わないでよ」
「そりゃあ、エリスを流したお偉いさん方が、国家ぐるみで隠ぺいしました
からね。エリスのことが知れ渡れば、世界中がパニックになってしまいます」
「世界中のネットワークの情報を操作して、滅んだ国のこともエリスの
ことも隠されたんですよ…。それでも、さすがに著名人の活動停止に
関する報道までは抑えられなかったようですね」
大鳥外神
「それら情報の隠ぺいについても、エリスの生みの親である僕や他の
研究者たちには一切何も知らされませんでした。ひどいものですね…
おかげで、モノボウズが情報を探ろうにも、探りきれませんでした」
大鳥外神
「きちんとネットワークが機能していれば、沙梛さんの本当の年齢や、
それ以外の裏の情報も事前に把握できていたというのに…」
大鳥外神
「この島に来るまでの要所で、様々な検査を受けたでしょう?
あれも、エリスを警戒して秘密裏に警戒網が敷かれていたのですよ」
みいな『ふーん…何もできないまま人類全滅してた方が、案外幸せだったのかも』
物造白兎
大鳥外神
「そんな…信じない、そんなの嘘です!世界が滅んだなんて…
それじゃ、うさぎの父様と母様は…兄様…姉様が…死んだ、なんて……嘘…」
「信じたくなくても、これが事実なんです…。
超高校級が集団で何の連絡もないのに、助けや連絡が一切来ない。
中には小学生の子だっているのにですよ」
大鳥外神
「それに、政府は当然エリスのことも私のことも知っている。
その私が所有する島に調査が入らないのは、それをする人が
もういないから…ですよ」
大鳥外神
「エリスの感染拡大だけでも頭を悩ませたのに、さらにトラブルが起きました。
美録さん…彼女がエリスの内の1つを持ち去ってしまったことです」
らぶり『彼女はそんなに危険なものを何故……』
大鳥外神
「彼女がどういう意図でエリスを盗み出したかはわかりません。
正義感か、金儲け目的か…ともあれ、あれを街中で開封すれば、
世界の滅亡は加速します。僕らはなんとしても彼女を見つけて、
エリスを回収しなければならなかった」
大鳥外神
「フィールドワーカーの彼女は逃走ルートも確保していたようで、
見つけるのに骨が折れましたよ…なのに、彼女はエリスをどこかに
隠していたんです」
大鳥外神
「まさかそれを、この島に招いた沙梛さんに渡していたとは
思いませんでしたがね…」
大鳥外神
「エリスの危険性は、私が誰よりも知っています。
…こういう時、才能と言うものが恐ろしくなります。
感染の速さと範囲を考えると、世界が滅びるのも時間の問題でした」
大鳥外神
「…だから、この雨傘島に皆様を招いたんです」
大鳥外神
「この島は元々、僕が研究の為に買い取ったものでした。
多くの研究者が島でずっと生活が出来るように、お店や牧場、軽い
娯楽施設などを用意していました。
…この島を使えば、エリスの脅威から逃れ平和に生きていける」
大鳥外神
「犯罪歴がなく、きちんと実績を残し、すぐにこの島に来てもらえる範囲に
いる、才能ある人達…僕の手が届く人なんてごく僅かだけど、それでも
才能ある人達を一人でも多く救いたかった。守りたかった…」
大鳥外神
「時間がなくて、急いで調べたから情報に不備があったりはしたけど…
それが僕に出来る、最大限のことだったんだ」
芍薬ベラ
「…っは、そういえば…なんか変な熱で皆おかしくなってたことがあったの!
あれってもしかして、エリスの影響だったんじゃ…」
大鳥外神
「実は…あれば僕が作ったエリスのワクチンの副作用なんだ。
エリスのデータはあったから、抗体くらいならなんとか作成できる
んじゃないかと…まだエリスのアンプルが見つかっていなかったから、
猶更必要だったしね」
大鳥外神
「さすがに急ごしらえだったし、薬学者でもないから完璧な治療薬は
作れなくて、あんな高熱や性格の異常が出てしまったけど…」
栂木椎名
「あの変になった熱なって散々苦しんだのも、外神さんのせいだったのか…
あの熱でどれだけ苦労したか…ワクチンなんて専門外のくせに手を出すから」
大鳥外神
「もちろん、それは申し訳ないと思っています…
僕は本当に、細菌を研究することしか能のない男だったと痛感したよ…」
才羅『……インフォームドコンセントくらい、医者じゃなくても叩き込まれる
もんじゃないのか』
物造白兎
「ちょっと待つです!おめぇはうさぎ達を守るためにこの島に呼んだって
言うなら…あのコロシアイはなんだったです!全く真逆なのです!
どうなってやがるです!」
大鳥外神
「……コロシアイなんて、本当はしたくなかった…けど、矢継橋美録が
奪ったエリスのアンプルの紙片が見つかって、エリスが島内に
持ち込まれたと判明して、事態は大きく変わってしまった」
大鳥外神
「すぐにエリスを除去して安全に過ごしてもらうために、
早く見つけたかった。だから、少しばかりモノボウズに脅してもらって、
少し怪我をしてもらった…ごめんね」
大鳥外神
「それでも、名乗り出る子はいなかったから…昔流行ったテレビゲームを
参考にして、コロシアイのルールを設けたんだ。デスゲームなんて
物騒な言葉で脅したら、さすがに正直に言ってくれると思って…」
大鳥外神
「…まさか本当に人を殺してまで、外に出ようとする子がいるなんて
思わなかった…。人を殺すような人を生かしておいても、島の平和は
乱れてしまうから処罰せざるを得なかったけど…」
おとり『お前が一番犯罪者だろうがワカメ野郎』
アヴェル
大鳥外神
大鳥外神
「だったら最初から、エリスのことを…外の世界のことを教えてくれていれば
良かったのに…そんなにワタシ達が信用ならなかったの?」
「君の故郷も家族も、皆死にました。だからここで仲良く暮らしましょう…
なんて、いきなり言って受け入れられますか?しばらく暮らして
馴染んでもらったところで説明するつもりだったんです…」
「なのに皆どんどん殺し合うし、仕舞いにはアンプルを持ち込んだ
沙梛さんのことが分かっても、保身のために殺すし…
アリスちゃんまで失ってしまって……」
百合籠『人を殺しておいて、よく言えたものね』
栂木椎名
「最初に教えてくれていたら…少なくとも、こんな殺し合って人数が
減るなんて事態は避けられたと思うけどね」
大鳥外神
「…どうだろう。人を殺すような人は、いずれどこかで人を
傷つけていたと思うよ」
大鳥外神
大鳥外神
大鳥外神
「これが、事の顛末。僕がこの島に君達を招き、コロシアイをした理由」
「…何度でも言うよ。僕は皆を助けるためにここに連れてきた。
どうしてこんなことになったのか…本当に、申し訳ないと思っている」
「だけど…エリスの影響力とこの島に来た日数を考えると、外の世界は
とっくに滅んでいる。その証拠に、いまだに救助も来なければ、
ネットワークもぼろぼろ。これはどうしようもない事実だ」
大鳥外神
「だから、せめて僕達だけでも、この島で平和に生きよう…?これ以上
殺し合う必要なんてないし、唯一の懸念点のエリスもすでに処分した」
大鳥外神
「君達は僕が選んだ、特別な才能がある素晴らしい人間だ。
皆でこの島を楽園にしよう」
モノボウズ
「我々は、貴方達が心穏やかに過ごせるように、全力でサポートさせて
いただきます。そのために、私達は存在しているのですから」
みいな『…色々手回ししてたのに多方向から責められて、可哀相。まあ、仕方ないといえば仕方ないのかな』
すべてを言いきったように、外神はそれ以上言葉を紡がず深呼吸をした。久々に長く話したせいで少しかすれた喉に手をやる仕草は、とてもコロシアイの首謀者とは思えないほどに毒気がない。
彼の言う事を全て信じていいのだろうか、と思う気持ちはある。しかしここに至るまでの情報と、自分たちが置かれている状態と、外神の態度が、決して偽りではないと訴えかけてくる。
大鳥外神と言う人間は、本当にただただ純粋に、底抜けな善良さと天井知らずの才能が、世界を、自分達をこんな風にしてしまった。
この人畜無害そうな、弱気で陰気で物静かな男がしでかしたことを許すことは出来ないだろう。しかしそれでも、仮にここでこの男を殺しても、事実は変わらない。
世界は病によって滅び、助けが来ることは、ない。
もう二度と故郷へは帰れず、家族や知人には会えず、この島で墓土の番をして一生を亡き人に供えるのか。
考えたくない。
信じたくない。
けれどこれが事実だ。
思考の雨が降り続け、ひたすら自分の脳を穿ちぽたぽたと落ちていく。流れて落ちて濡れて泣いて穴の開いた心の傘では何も守れない。
これが自分たちが命をかけてきた、結果なのだ。
もっと何かやり方があったのではないか、何を間違えたのか、悔いても選択肢が与えられることはもうない。全て自分たちが選んできた末路だ。
自分達を見つめる遺影達は何も語らず、失われた命の色が余りに色鮮やかな白黒で塗られていた。
失われた命を背負い、奪った彼らの思いの分まで生きることが、自分に課せられた罰なのだろう。
こうして、雨傘島で起こった惨劇の幕は降ろされたのであった………。