Chapter4
Chapter4―うたかたの記憶―（非）日常編
▼海
海は今日も青く煌き、どこまでも続く水平線は、外の世界との断絶に他ならない。
自分達をここまで運び、自分達をここに閉じ込め、命まで攫っていってしまった波の音は途切れることなく白い泡をたてる。
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姫宮蝶子
「螺河さん…」
姫宮蝶子は、手に持った写真を握りしめて海を見つめていた。
それはかつてこの砂浜で撮った集合写真だった。まだ皆が笑顔で、平穏に生きていた頃に、幸せな思い出。
螺河鳴姫が撮ってくれた写真が、今では数少ない形見となってしまった。
このまま、ただ朽ちるまでこの島に閉じ込められ続けるのだろうか。そんな不安はどうやっても拭えない。
帰ってやりたいことがまだまだある。大人になって、姫宮の名を継いで、ステキなレディになりたいのに。
大鳥外神
「姫宮さん…あまり潮風に当たると、身体によくないですよ」
ぼんやりと海を見つめていた目は、緩慢な動きで大鳥外神に向き直した。潮風に吹かれるざんばらな髪に、血色の悪い顔は頼りない。しかし、心配する目つきは穏やかで優しかった。
姫宮蝶子
「ええ…そろそろコテージに戻ります。感傷に浸っても仕方がな…きゃっ！」
突如強い潮風が横切り、蝶子の手から写真をかすめ取って行ってしまった。写真はひらりと風にもてあそばれ、砂浜と海の間を泳いでいた。
姫宮蝶子
「あっ…だめ、まって…！」
必死に手を伸ばし、走って追いかける。
綺麗に磨いた靴は砂だらけになるし、スカートに飛んで汚れるし、整えて結った髪も乱れてしまう。姫宮家の娘として、はしたない行為だ。
それでも、あの写真を失うのは嫌だった。
そんな彼女の想いが届いたのか、写真はほどなくして急にぽとりと砂浜に落ちた。先ほどまでスカートをはためかせた風が止み、凪いだ海はひどく静かだ。
写真が落ちていた砂浜には、もう一つ、別の物が落ちていた。
それは透明なガラスのボトルだった。海を漂い、細かい傷がついたり汚れがこびりついてはいるが、硬く閉じられた封の中身は綺麗なようだ。
中には、丸められた紙が入っている。
大鳥外神
「はぁ…はぁ…姫宮さん、砂で汚れてしまいますよ…？」
やっと追いついてきた外神も、ボトルを見て怪訝な顔をする。どう見てもゴミの類ではないそれを封を、蝶子は思い切って開けてみることにした。
大鳥外神
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姫宮蝶子
「あ、危なくないですか？せめてモノボウズに開けてもらうとかじゃないと、
危険なものが入っていたら…」
「あんなロボットに任せる方が心配です。っく……えいっ！」
やっと追いついてきた外神も、ボトルを見て怪訝な顔をする。どう見てもゴミの類ではないそれを封を、蝶子は思い切って開けてみることにした。
大鳥外神
「これは………………」
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姫宮蝶子
「……なんてこと…それじゃあ………」
▼島の奥
アヴェル
「……随分、ファンシーな建物ねぇ…」
栂木椎名
「ほんと、こんな場所にあるのが不自然な感じ」
気分転換と捜索を兼ねて、普段は行かない島の奥の方まで足を運んだアヴェルと椎名は、とある建物を見上げていた。
まるでお人形の家をそのまま大きくしたような木造建ての、可愛らしい家だ。
アヴェル
「まるでドールハウスみたい…」
栂木椎名
「すみませーん、誰かいますかー？……モノボウズもいないみたいだね」
童話の挿絵に出てくるようなその家のドアをノックするが、誰の返事もない。試しに扉に手をかけてみると鍵はかかっておらず、すんなりと中へ入ることが出来た。
短く切りそろえた頭を掻きながら、椎名は先に足を進めていく。
埃は積もっておらず、定期的に掃除はされているらしい…が、まるで生活感がない。アヴェルが言った通り、ドールハウスを人間大の大きさにしただけのような、形だけの家のようだ。
その割には電気や水道は通っており、ますますこの家の形が歪に見える。
家の中を一通り見るが、何もない。本当に見た目だけの家のような建物を後にして、更に足を進めると島の一番奥までたどり着く。
そこにはひと際大きな建物が立っていた。
先ほどの建物と打って変わって、現代的で実用的な、味気ないとさえ言えるほどのシンプルな建物だ。
栂木椎名
アヴェル
「こっちは大学のキャンパスみたいだな…」
「島の奥にあるから、てっきり島の管理人の別荘でも建っているのかと
思ったけど…そんな感じじゃないわね。学校…なわけもないし」
入口は完全オートロック形式で、鍵は厳重にかけられ中に入ることは出来ない。窓ガラスでも割ろうものなら、警報音が鳴り響くのだろう。
見張りのモノボウズが必要ない方に、硬く閉ざされた施設。
アヴェル
「怪しいわね…如何にも大事な秘密が隠されてそう」
栂木椎名
「怪しいけど、残念ながら中は調べられないみたいだね。
余計なことをして、モノボウズ達を刺激するのもごめんだ」
島の奥にたたずむ二つの建物。ここに彼らが再び訪れるのは、もう少し先の話であった…。
▼コテージ周辺
一度に5人の人間が消えた事件から少し経ち、相変わらずモノボウズ達をあちこちで見かける。
沙梛百合籠が隠したと思われるアンプルが、いまだに見つかっていないようだ。
捜索の手を増やしている分、他の業務が疎かになるらしく、以前は毎日綺麗に整えられていたコテージの外観やゴミ箱が、今では少し荒れていた。
特に亡くなった人のコテージは、誰も掃除をせず吊るされたプランターから伸びきったツタがカーテンのように垂れさがり、不気味になっていた。
そこで何人かで手分けして、ゴミや荒れた草花の処理をすることにした。モノボウズに文句を言ってやりたいところだが、生憎そんな元気はとっくになかった。
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良田アリス
物造白兎
芍薬ベラ
「こっちの鉢植えは全部抜いちまっていいです？」
「うーんとね…うん、それはいいの！
あっちの白いお花は、まだ元気だから抜いちゃだめなのー」
「あ、虫さんついてる。ばいばーい」
コテージの軒下に吊るされたプランターをなんとか降ろし、伸び放題の草花を整える作業は、花屋のベラにとっては気晴らしに丁度良かった。
小さな助手二人を連れて、分厚い軍手を土塗れにしながらスコップで根本から花を持ち上げる。
物造白兎
芍薬ベラ
良田アリス
「プランター、結構重てぇのです…」
「中には土とかがぎっしりつまってるからねぇ」
「重たいものは無理して持たなくて大丈夫なのー」
吊るすためのプランターはそこまで重たくないとは言え、子供の幼い手では中々に重労働だ。そんな中、白兎は急くようにプランターを持ち上げ積み上げる。
嫌なことを早く忘れるように、少々無茶をしてでも思考を振り切りたいのだろう。少し積み上げが甘かったプランターが、ぐらりと揺れる。
その内の一つが地面に落ち、植木鉢の割れる音がした。同時に土が飛び散り、土に刺さっていた肥料の小瓶も割れて後ろを向いていた白兎の長い髪にべっとりとかかってしまった。
物造白兎
「プランター、結構重てぇのです…」
白兎は自分の髪をとても大事にしている。つやつやの真っ白な髪は、太陽の光で輝き、毎晩毎晩丁寧に櫛で梳かすのだ。それが汚れてしまって、急かずに結んでおけば良かったと苦い顔をした。
ため息をつくと、ふと身体が軽く揺れた。何かにひっぱられるような感覚に体が揺れ、なんだと思い身体を動かした時に何かが自分から落ちたのが見える。
日差しを浴びてきらきらと輝く糸のようなそれが見えると同時に、なぜか頭が妙に軽いことに気づく。
物造白兎
芍薬ベラ
「…は……ぇ…？あれ……なん、で……うさぎ、の、かみ…」
「な、なんなの！？どうしちゃったの！？」
震える声を絞り出し、見開いた目は地面に落ちた髪と同時に、その髪を切り落とした人物に向いていた。
「なんで……なんでなんです、アリスっ…！」
園芸用のハサミに白い髪を絡ませ、それをじっと見つめていたのは良田アリスだった。
白兎の言葉が聞こえないかのように、じっとハサミを見つめつづける姿に、白兎は一歩近づいた。
「おい…なんで黙ってるです？何か理由があるです？
ねぇっ…何とか言えです！」
良田アリス
「………」
アリスは返事をすることはなく、白兎を見ることもなく、ただハサミを延々と見つめていた。そこに白兎の存在など感じていないような態度に、白兎の語気が段々と強まってくる。
「いい加減にこっち見ろです！これって、しょーがいざいって言うですよ！？
ありえねぇです！！人にハサミ向けるなんて、最低です！！」
声の端に涙をにじませながら、張り裂けんばかりの声でアリスに詰め寄る。なおもアリスは意に介さず、逆に地面に散らばった髪をまとめて拾い上げゴミ袋に入れ始めた。
芍薬ベラ
「な…アリスちゃん、どうしちゃったの…？」
ベラの声を聞いて、やっと見あげてきた顔は
良田アリス
「汚いから触っちゃだめだよ。これはアリスがお片付けしてあげるね」
いつもと全く変わらない無邪気な顔だった。
「っな………信じらんねぇです、良い奴だって思ってたのに…！」
赤い瞳に涙をにじませ、張り裂けんばかりの声で白兎は叫んだ。
「おめぇなんてだいっきらいです！！！」
そして殆ど勢いのままにアリスを突き飛ばし、アリスの身体は大きく傾いてそのまま摘まれていたプランターに頭をぶつけた。
突然のことに驚いたのか、しばし目を開いたまま固まり、数度瞬きをしてゆっくりと起き上がる。
良田アリス
「…土でドレスが汚れちゃったや。
綺麗にしないとね、パパにめって言われちゃう」
そう、微笑んだのだ。
「もういいですっ、あっちいけです！！お前なんて知らねぇです！！！」
そう言いながら溢れる涙を腕で押さえている間に、アリスは素知らぬ顔で髪を入れたゴミ袋を持って歩いていく。
泣いて息切れを起こす白兎をなだめるベラは、唖然としてその背中を見送ることしか出来なかった。
栂木椎名
「なんか騒がしいね…どうかしたの？」
アヴェル
「掃除をしていたんじゃ…What!?白兎、どうしたのその髪！？」
島の奥の散策を終えたアヴェルと椎名がコテージに戻ってきたが、驚いて思わず足を止める。泣いて目元を真っ赤にはらした白兎は髪が短く、おろおろとベラはなだめ、近くには倒れたプランターが土をばらまいている。
アヴェル
物造白兎
「アリスが…アリスが悪いんです…！！うさぎの髪、切っちゃったんです…！」
「ええっ！？な、何があったの…！？」
栂木椎名
「変な子だとは思ってたけど、まさかそんなことまでするなんて…」
姫宮蝶子
「皆さんっ…！お集まりだったんですね…！！」
次いで石畳を駆けてくる足音に目を向ければ、額に汗を浮かべた蝶子が肩で息をして立っていた。
後方数メートル先に、肩で息をしながらよたよたと走り、傷む脇腹を抑える外神がなんとか小走りをしているのが見える。
栂木椎名
芍薬ベラ
姫宮蝶子
「今度は何だい？今日は驚くようなことばかりだよ」
「これをっ…見てくださいっ！」
「これ…って、お手紙、なの？？」
芍薬ベラ
「なに…これ…国が、滅ぶ…？」
栂木椎名
「……理解が出来ないんだけど…」
アヴェル
「…甲賀路傍（こうがろぼう）って確か、この前死んだ超高校級の人よね…
たしか、前にニュースで見た…」
良田アリス
君野大翔
姫宮蝶子
物造白兎
「超高校級のプログラマーとかロボット工学者とかがいたらなぁ…」
「どっちもこの前死んじゃったから、どのみち無理だね」
「ああ、災害だのテロだの宇宙人侵略だのと噂が出てる某国での
集団死の犠牲者でしたね」
「天才はハクメイなのです…」
アヴェル
「でもあれって、災害かテロかなんかでって話じゃ…」
姫宮蝶子
姫宮蝶子
「手紙に書かれていることを信じるなら、情報規制がされていたのでしょう…」
「エリスというものが何を示すかは分かりませんが、災害やテロ…
なんかではなさそうですね」
栂木椎名
大鳥外神
物造白兎
「ちょっと、こんなうさんくさい手紙を信じるのかい？」
「単なるいたずらなんじゃ…」
「ぐす…ちげぇのです、それ、本物なのです。
その手紙の便箋…特別な手紙だって、教えてもらったやつです…」
超高校級等の才能の称号を与えられた者のみが扱うことを許された、政府公認の便箋。この島への招待状にも使われた、だからこそ自分たちは疑いもせず出向いたのだ。
自分達もそれを扱うことが出来るからこそ分かる。この手紙の捏造は不可能で、この手紙の存在そのものが、本物であるなによりの証拠である。
芍薬ベラ
「それじゃ…このお手紙書いた人…死んじゃったの？」
アヴェル
「それどころか、この人がいた国が滅んだって…意味わかんないわよ…」
空気がざわりと揺れる。もうコロシアイは終わったのに。もうこれ以上失わなくていいはずなのに。
それでもこの日々がいつかは終わると信じている。信じていた。しかしこの手紙はなんだ。
意味が分からず、たった１枚の紙切れにまたも平穏が揺るがされる。安穏の日はいつになったらやってくるのだろうか…ーーー。