Chapter5
Chapter5―破滅の女神と勇者―(3)
「ちょっと待ったぁ!!!!!」
夜空を引き裂く一筋の流れ星のような声が、裁判場に響き渡った。
カツカツと高く硬い足音を、自分たちは知っている。
3度目の事件で、裁判場から逃げた少女を追いかけていたあの足音を、自分たちは覚えている。
その星雲のようなまだらの白い髪を、その山吹の星をちりばめた瞳を、その昼と夜の境目を切り取ったような指輪の色を、自分たちは知っている。
そこに立っていたのは、螺河鳴姫だった。
頭に巻かれたガーゼや頭部が目立ち、明らかな打撲痕がアイシャドウより濃く青紫に滲み、疲労困憊の色は化粧でも隠せない。
今すぐにでも倒れそうな血の気のなさに加え、肩で息をしながら額に浮かんだ汗が顎を伝っている。
それでも笑って彼女はそこにいた。
らぶり『ら、螺河さん……!!良かった…!!!』
みいな『………ぁ、いきて、たんだ…』
才羅『見かけないとは思っていたが、……生きていたなら当然か』
沙梛『……そういえば、こちらに来てから見ていなかったわね』
螺河鳴姫
「遅くなってしまってすまない。連絡の一つでも入れられたら
よかったんだけどね。」
栂木椎名
「な、螺河さん!?どうして…」
物造白兎
「崖から落ちて死んだんじゃ…」
芍薬ベラ
アヴェル
「今までどこにいたの!?」
「いえそれよりも、そんなケガで大丈夫なの!?」
螺河鳴姫
大鳥外神
螺河鳴姫
「崖から落ちて、波に流されて…そのまま死にそうになりながら、
他の島にたどり着いたんだよ」
「そ、そんな馬鹿な…他の島までどれだけの距離があると…
そんな偶然、あるはずが…」
「その偶然を引き寄せるのがこの私。天文学的数字に愛された才能、
元超高校級の幸運、螺河鳴姫だよ」
螺河鳴姫
「今まで黙っててごめんね。ちょーっとばかし、昔話が絡んでくるから
言い出しにくくてさ」
大鳥外神
「…だとしても、だとしてもですよ。外の島にたどり着いたとて、
死にかけだったはずです。いいえ今だって、その状態ではいつ死んでも
おかしくないはず…」
大鳥外神
「いったいどこで治療を…貴方は医療技術なんて持ち合わせていないで
しょうし、治療できる場所なんて、もう外の世界にはどこにも…」
螺河鳴姫
「地元の人に見つけてもらって、大きな病院に運ばれて、
そこで治療を受けていただけだよ」
その言葉に、外神の目が大きく見開かれる。
言葉と息を詰まらせ、理解できないものを見るな目で、心底信じられないと言わんばかりにわなわなと震えていた。
大鳥外神
「そんな馬鹿な…病院?地元の人?そんなのはとっくに…」
物造白兎
栂木椎名
「エリスのせいで、世界は滅びているんじゃねぇんですか!?」
「崖から落ちて頭を打ったり、病気に感染して頭がおかしくなった…
とかじゃないよね、さすがに」
螺河鳴姫
「私はいたって正常だよ。…外神君、よく聞くんだ」
螺河鳴姫
「エリスの特効薬が開発されていたんだ」
大鳥外神
「………………………………………え…」
螺河鳴姫
大鳥外神
大鳥外神
大鳥外神
「パンデミックは終了し、未だ感染は続いてはいるけど波は収まったし、
適切な治療方法も見つかっている。外の世界は滅んでなんていないんだよ」
「そんな…そんなはずはない」
「エリスはどんな実験も治験も乗り越えて、治療法なしと判断されている。
潜伏期間にウイルスの検出は不可能。爆発的な感染力は過去最大級だ」
「エリスは確実に世界を破壊する細菌だ! 私の生み出してしまった彼女に
治療法が見つかるなどあり得ない...!
世界は滅んでいるに決まっている!!」
螺河鳴姫
「この島に来たのだって、私一人で来たわけじゃない。
警察と一緒に船に乗って来たんだ。島に着いた途端、ダッシュして
ここまで飛んできたから、置いてきちゃったけど」
芍薬ベラ
「警察を置いてきたの!?」
螺河鳴姫
「そりゃ、世界を大混乱させたエリスの開発者と一緒にいる…と聞いたら、
のんびり歩いていられないよ」
螺河鳴姫
「私の言葉だけで信じられないなら、これを見て」
鳴姫はそう言って、1枚の写真を取り出す。
白い壁と白いベッドがいくつか置かれた部屋の写真だ。白い病衣を纏う鳴姫と、同じデザインの服を着た子供達が、仲良く並んで笑っている。
どう見ても、平和な世界の光景だ。
みいな『…あたし…こんな綺麗に笑える人のこと、つき落しちゃったんだ…』
大鳥外神
螺河鳴姫
螺河鳴姫
「そんな……そんな、ことが…僕の生み出した……エリスが…」
「貴方程の才能があれば、確かにエリスは世界を滅ぼしていただろう。
けど…貴方と同じくらいの才能達が戦っていたんだ」
「超高校級と呼ばれる才能が、いかに常識外れか…
それはあなた自身がよく知っているだろう…?」
膝から崩れ落ちた外神は、力無く証言台に身体を預ける。
自分が信じて疑わなかった世界、自分の選んだ道、結果として失いすぎたもの…一気に駆け巡っては過ぎ去り、ただ呆然と項垂れていた。
大鳥外神
「じゃあ、僕はいったい…なんのために………」
そこにいたのは、自分を信じすぎた才能ある哀れな男だった。
外神が崩れ落ち、ほどなくして警察が裁判場に乗り込んで来た。
特殊な防護服を身に纏い、警戒しながら外神を取り囲み、あっという間に他の者は警戒網の外へと出された。
外神は抵抗することもなく手錠をかけられ、静かに歩いて立ち去って行った。恨みも悪意もない、その顔の毒気のなさに警察の方が戸惑っていたほどだ。
外神は警察の言われるままに施設の全ても解放し、証拠も何もかもを提出した。
それが彼なりの贖罪なのか、あるいは諦めなのか。それは大鳥外神にしか分からない。
「やっと帰れる…」
警察官に保護されながらエレベーターに向かって歩こうとした瞬間、足がふらつく。それだけ緊張し、疲労し続けていたのだとやっと気づき、心の底から深く息を吐いて肺を空にする。
再び息を吸い、そこでようやく、ああ、終わったのだと感じることが出来た。
「鳴姫さんも、ここまで走ってきて疲れたでしょ?さ、帰りましょう」
いまだエレベーターに乗ってこない鳴姫の方を振り返る。
くたびれてうたた寝をするかのように、穏やかな顔で鳴姫は目を閉じていた。
「…鳴姫さん?」
日が傾き淡い紫がかった空に、七色に輝く星が1つ流れた。