Chapter5
Chapter5――破滅の女神と勇者―(4)
その後、生存者は船に乗り、それぞれ待つ人の元へとたどり着いた。
死者は丁重に扱われ、皆生前の思いを汲まれ、各々の還るべき場所へと還っていった。遺族が涙する人もいれば、そうでもない人もいるのが、悲しいところか。
特に世界的に有名なアイドルや俳優の死は連日ニュースとなり、世間に大きな衝撃を与え悲しみに包まれた。
雨傘島の事件もニュースに取り上げられたが、世界滅亡の危機という規模なだけに、重要な情報は隠ぺいされ、ただ超高校級が集団誘拐にあった…という奇怪な事件として噂された。
エリスは歴史の闇となり、この騒動もその内新たなニュースに上書きされ、世間から忘れ去られていくだろう。
命がけで戦った者、命を落とした者、なんとか生き延びた者。そんな者達の立場も気持ち
も知らず、世界はただ続いていく。
そんな中、小さな葬儀が行われた。雨傘島で命を落とした者を弔う、生き残った者達によるお別れの式だ。
真っ黒な喪服に身を包み、花束を供えた彼らは口々に語る。
「…鳴姫さん、本来ならとっくに死んでてもおかしくない状態だったそうだよ」
「生きて島に来て、ましてや裁判場まで自分の足で来るなんて、奇跡だって…」
「…そんな奇跡、幸運なんて言いたくないの……」
「あの島での出来事は…うさぎ、絶対忘れねぇです」
事情聴取や世間からの追及で、しばらくの間は落ち着かない日々が続く中、それでも日が日常へと戻っていく。島での記憶が悲しみの雨として降り注いでも、晴れぬ空はない。
式場を一歩出た空には、大きな虹がかかっていた。
とある裁判所にて。
「ーーーよって被告人、大鳥外神を死刑に処す」
そう告げる裁判官の声を、外神は静かに聞き入れた。
大量殺りく兵器となり得たエリスを生み出した罪。十数人の若者を島に監禁し、殺し合いを強制した罪。様々な罪を並び立て、異例の速さで処刑は執り行われる事となった。
世界を滅ぼしかねない才能を、世間は恐れたのだ。
歴史に名を残す大悪党と呼ばれるに相応しい男は、思いのほか穏やかで寂しい顔をしていたと、後の関係者は語る。
死刑執行日
看守は男に問うた。
「何か言い残す事はありますか」
獄中で項垂れていた男はゆっくりと顔を上げて、自ら処刑場まで歩き出す。
その道すがら、看守の問いへと答えた。
「私は己の才能で何万という人間を死に追いやり、それに飽き足らず、己の手で何人もの尊い命を奪いました。彼らには本当に申し訳ないと思っています」
「ご遺族にも何と謝罪すればいいのか…何度死んでも詫びきれません」
「ですが……」
9月14日 監察医カルテより抜粋(一部検閲規制)
23:30
当人の希望によりエリスから生成された劇薬投与に変更。投与後に拒絶反応・抵抗の可能性あり、拘束具にて対象を拘束後、開始となる。
■■■1A+生食20ml、左前腕にて静脈注射施行。
投与後、数分で発汗、顔面蒼白あり。眩暈、嘔気を訴える。意識レベルⅠ-1。
23:42
頭痛の訴えが始まり見当識障害が出現。■■■と何度も繰り返す発言あり。血圧低下、頻脈出現。続いて抹消冷感あり、口唇、手指にチアノーゼ出現。暗赤色の喀血あり。意識レベルⅡー3。
23:51
数分間の激しい抵抗が見られ、喀血を繰り返す。■■が末端にて■■■ている。鮮血の中に暗赤色の血塊も見られ、呼吸器と消化器の両方に損傷があると思われる。呼吸停止を確認。意識レベルⅢー3。■■■■■■■■■■。
23:59
死亡確認。死因は心臓麻痺と診断。
死後の解剖記録によると、内臓のほとんどが溶け落ち、遺体は抜け殻のようになっていたと記載されていた。
看守によるコメントが書き残されている。
『エリスの感染症状だけを取り出した薬だが、これほどまでに恐ろしいとは。こんなものを生み出して国家は何を考えているのか。
まったく、どっちが極悪だったのか、わかりやしない』
雨傘島事件は歴史の教科書に名を連ねる一方、数年後にその事件は映像作品として世に出回った。とある有名な脚本家が実話をもとに描いたそれは、以降何度もリメイクされる有名作品として歴史に残ることになる。
独善の傘に穴が開いたような、役立たずの話だと脚本家が語ったインタビューの最期に、彼は微笑んだ。
記憶が記録にならぬよう、彼らが生きた証が忘れ去られぬように、と。
その脚本のタイトルはーーーー。
『はぁ…………僕は本当に愚かなことをした。
エリスなんて捨てておけばよかった。そして、きれいさっぱり忘れて、
自分だけ島国に戻れば──
…………
そんなことは無理、だな』
『おやすみなさい』