Chapter1
Chapter1―2xA+xyB=xyA+2xB―
裁判編(4)
俯いたおとりはふらりと証言台に手を着く。指先が真っ白になるほど証言台に爪を立て、手の甲に血管が浮かび上がっていた。
音切おとり
螺河鳴姫
「あの…女が、あのクソアマがっ…!この俺を、殺そうとしたから…」
「だから正当防衛だと?…君は筋弛緩剤を飲まなかったなら、
すぐに逃げ出せたはずだ。なぜそのまま殺してしまったんだ」
音切おとり
「逃げる……?この俺が?女相手に…っふ、は……はは、ははははは!!
ふざけんじゃねぇよババア!!!」
音切おとり
「女なんざ頭下げて男に従ってりゃいい家畜だろうが!
俺が女から逃げる?ふざけんじゃねぇ!!
地面に頭こすりつけて、俺のために命を捧げますって
言ったっていいくらいなのによぉ!」
音切おとり
「あの女っ、この俺に薬を盛ろうとしやがった…
っは、俺もよく使う薬だったからすぐ分かったよ。
アホだよなぁ、尻と同じで頭も軽い。アイドルなんざ枕して
なんぼの雌犬が、この俺に向かって…許せるわけねぇよなぁ!」
音切おとり
「俺を狙うなんざ馬鹿なことしたんだ、ただじゃ済まさねぇよ。
包丁の一つでも持ってくりゃいいのに、薬以外なんも持って
きてなかったからな。はー、やっぱ女は頭わりぃわ」
音切おとり
「ああでも、媚び売るために作った体は具合良かったな。
首絞めたら痙攣して絞まりが良くなってよぉ、初モノで
きついのも最高だったわ。ばたばた虫みたいに抵抗して、
アイドルでもあの顔はぶっさいくだったわぁ、
ひゃははははは!!」
音切おとり
「なのに…あいつ、この俺の顔に傷つけやがって………
女如きが、家畜が俺に傷をつけやがったんだぞ!!
それがなけりゃ、殺しまではしなかったのに、
調子に乗りやがって!!!」
音切おとり
「そこの脳みそ花畑のアホ女が余計なことを言わなけりゃ、
適当な女を犯人にできたってのに…!
図体ばっかデカい役立たずが!!」
己の罪を暴かれた反動からか、おとりの口は止まることなく憎悪を吐き続ける。その言葉と表情は女性への侮蔑に満ちており、彼が元来こういう性格であったことは容易に予想がついた。
芍薬ベラ
「お、おとりさん!?」
角沢才羅
「……チビどもの前でよくまあそんなことを話せるな、お前……」
桜春もち
「仮面ちゃん……」
沙梛百合籠
大鳥外神
音切おとり
「可哀想に……きっと綺麗なものを知らないまま生きてきたのね……」
「まさか、そんな人だったなんて…」
「っち、女に近づきやすいから適当にあほで可愛いおとり君でいてやったのに…
ああ畜生、この傷痕が残ったらどうしてくれんだよ…」
モノボウズ
「そこまで。議論を終了し、投票に移ります。お手元のスイッチで
クロと思う人物に投票してください。無投票も可能ですが、
おすすめは致しかねます。外せばどうなるか…分かるでしょう?」
音切おとり
「がたがた抜かすなよ。今更投票なんて意味ねぇんだから…なぁ!!」
おとりが羽織に手を伸ばすと、その手に木刀が握られていた。
そのまま隣の席に手を伸ばし、ミシュカの長い髪の毛を無造作に掴みとる。
髪の毛が数本ぶちりと抜ける音と共に、ミシュカの体は大きくバランスを崩した。
御透ミシュカ
「きゃああああっ!!!痛い!!やめて、嫌っ…離してぇ!!!」
音切おとり
「うるせぇだまってろ雌豚が!!木刀でも、こんな女の首へし折るくらい
簡単に出来んだぞ!!おらどけぇ!!俺をさっさと島の外に出しやがれ、
ボロキレ人形!」
恐怖と痛みに叫んだミシュカの喉に木刀が食い込み、声が苦し気なうめき声に変わる。大粒の涙をこぼし、足をすくませた彼女は一歩も動くことが出来ずただただ震えていた。
栂木椎名
良田アリス
角沢才羅
桜春もち
芍薬ベラ
大鳥外神
君野大翔
「きゃー!」
「やめろ!そんなこと……!」
「どこまで株を下げたら気が済むんだお前」
「よしなよ、チンピラボンボン」
「なっ!? さ、最悪だ……」
「最低なの!駄目なの!」
「何をやってるんですか〜!!」
御透ミシュカ
姫宮蝶子
音切おとり
「やだ、やだぁ…こわい、ごめんなさい…っ」
「今すぐ御透さんを離してください!
こんなことをしたって、貴方の罪が重くなるばかりですよ!」
「ガキが偉そうに能書き垂れてんじゃねぇよ!
この女の首へし折られたくなきゃ、さっさとしろ!!」
誰も動くことが出来ず、ひりついた空気にミシュカのくぐもった声が少しずつ小さくなっていく。
言葉ひとつ発する余裕もない中、ふわりとモノボウズがおとりの前に出た。
モノボウズ
「汚らわしい方」
そう静かに呟くと同時に、何か奇妙な音が聞こえた。
それは例えていうなら、ビニール袋の中にいれたゴミが、袋を突き破って出てきたぶつりという音。汁が入った袋を破いてしまい、一気に汁が溢れるぶちゅりという音。声を出そうとするが喉が枯れて上手く出せない息の音。
音切おとり
「…………ぁ”…」
おとりの胸から飛び出した黒い槍が、裁判場に鮮やかな血をまき散らしながら光を反射していた。
斜めに突き上げられたおとりの体は宙に浮き、手足をばたつかせ必死に声を出そうとするが、吐き出す血の音にかき消され醜い音となっていた。
音切おとり
「ぐっ…ちく、じょっ…ごふっ、ふざけっ…!こ、の…俺が、こんなっ……!」
ごぼごぼと己の血で溺れながら、ばたつく足が数度痙攣した後にだらりと下がり、ついに息遣いが聞こえなくなった…。
御透ミシュカ
「い………いやぁぁぁぁ!!!!!」
真横にいたミシュカはおとりが零した血を頭から被り、その叫び声でやっと時間が動いた気がした。
数分にも満たない短い時間だが、確実に、ゆっくりと、目の前で命が失われた。きっと脳裏にこびりついて、二度と忘れられない光景になるだろう。
数体のモノボウズがおとりの体に集まり、死骸に集まる虫のようにごそごそと身体をまさぐる。
螺河鳴姫
大鳥外神
「…っ…。(証言台に手をついており、気分が悪そうに見える)」
「…………………………おえっ……………」
モノボウズ
「皆様、お疲れ様でした。少々雑でしたが、クロを見事見つけ出した
皆様に感謝いたします。ただ…この方は【落とし主】では
なかったようです」
モノボウズ
「このような悲劇が繰り返されぬよう、一刻も早く落とし主が
見つかることを、期待していますよ」
モノボウズ
「それではそろそろエレベーターが到着します。
皆様、お気をつけてお帰りください」
螺河鳴姫
「もう、今まで通り平穏な日々になるといいな…。
大体その『落とし主』だってボウズちゃんの自作自演かも
しれないだろうに。」
御透ミシュカ
「……ふく、ぬがなきゃ……きたない…最悪。きもちわるい、最悪。
きたない、最悪…」
君野大翔
「嫌なもの見ちゃったね。……御透さん、大丈夫かな」
沙梛百合籠
良田アリス
大鳥外神
螺河鳴姫
「はぁ…アリス立ちっぱなしで疲れっちゃった。もう帰る!」
「わたしも戻って休もうかしら?眠るにはまだ早いけれど……」
「おとなしく早く帰るよ。今日はゆっくり星が見たい。」
「何が正しいのやら……………」
物造白兎
角沢才羅
「.......みんなロクデモネェやつばっかです。」
「……裏表のないやつなんていない、が……
なんだろうな、この気持ち悪さ……」
淡々と流れる機械音声が思考を素通りしそうだ。気が付いたときは講堂の外に出ており、沈みかけた太陽の日差しが痛いほどに突き刺さる。
太陽が溶けた海は真っ赤に煌いて、先ほどの鮮血が目に焼き付くようだった。誰もが疲れ果てた顔をしていたが、他の誰かを気遣う余裕など起きなかった。
コテージになんとか戻り、おとりのコテージの表札が取り外されているのを横目に、扉を閉じた。
こんな目にあったのに、あんな思いをしたのに、まだ終わらない。その絶望だけが、確かな現実だった―――。