chapter1-毒食わば骨舐れ-
chapter1-毒食わば骨舐れ-非日常編
秘密の手紙。
そんな不穏なものを腕に抱えて過ごす日々に、誰かのため息が増える。
この秘密が当人にとってどの程度の重さなのかは分からない。
しかし秘密は秘密、手元に秘めていてろくなことは起きないものだ。
悩もうと悩まざろうとも日々は巡り、夜が来て朝が来る。
朝が来るということは、お腹が減る。
だから朝食を取るべく、滑川ぐみが食堂へ向かったのも日々の繰り返しの一部であった。
滑川ぐみ
「……たまには、早い朝ごはんもいいよな。何にしようか……」
朝の7時前、いつもならまだ布団の中にいる時間だが、どうしてだか今日は目が醒めてしまった。
まだ早いかなと思いながらも、腹の虫の訴えに素直に従い、彼女は食堂へと向かっていた。
ふかふかの焼き立てパン、バターを塗って何のジャムをつけようか。
いやいやここは白米に新鮮な脂ののった焼き魚定食…それとも軽くサクサク食べられるシリアルにしようか。
食堂の扉に手をかけ、少し開いたところで違和感が鼻をくすぐった。
滑川ぐみ
「……?なんだ、この臭い……」
いつもなら朝食の匂いで胸が高鳴ると言うのに、扉の隙間から漏れ出た匂いにざらりと胸騒ぎが走る。
ちびエルが料理でも失敗したのだろうか、そうであればいいと扉を開く。
見慣れた食堂の大きな窓から差し込む光が床を照らす。
清潔感に溢れ染み一つなかった壁には、点々と黒い染みが飛び散っていた。
きっちり並んでいた机は大きくずらされ、横に倒れた椅子のいくつかにも黒い染みがあった。
机のかき分けられた床の真ん中に、それらはあった。
全身と口元を汚す、壁と同じ黒い染み。
歪に陥没した頭部は、黒い液体に染まり切って髪の毛が固まっている。
すぐそばに落ちている銀色のアレは包丁か、やはり黒く染まっていた。
あり得ない方向に曲がった腕は赤紫に腫れあがっている。
毒桃京知と描成絵智が、そこにいた。
滑川ぐみ
「……え、描成……?毒桃?……ッ、だ、だれか!
誰か来てくれ、誰でもいいから!!」
比与森閑古
「あれ、どしたの?顔色悪いけど……大丈夫?」
踊瀬舞円華
「おや、何かあったのかい?」
カレブ
「…ん、誰か何か言ったか?」
花柳玲子
「なぁにぃ…?」
エリアス
「…如何なさいましたか?」
フェイ
メアリー
「……!!… これは……」
「どうしました?何か………、……!」
騒然する食堂の前の人だかりに、後ろからふらりとモノエルが覗き込んだ。
すっと毒桃と描成に近づけば、両手を合わせて目を瞑った。
モノエル
「騒ぎがあったかと思えば、あらまぁ酷いありさまでちね。
ここはご飯を食べるところでしゅよ?血を飛び散らせるなんて不衛生でしゅ!」
モノエル
「まぁ不潔なのは掃除すればいいとして、血は拭えても罪は拭えず、
死者は帰ってこないのでしゅ。神のおひざ元に導かれた魂に、
安らかな眠りをお祈りするでしゅ」
天城飴梨
「ッ、飯とかそういう話してる場合じゃねえだろ、おい…!!!!」
夜見塚灰慈
「な、…。………………ッ、救急車を呼べよ、ドカス」
茶渡利三沙
「…グロテスク耐性がない者は、見ない方が身の為だぞ」
面屋敷浪漫
「本物…ですか…?」
カレブ
「毒桃に描成。死んだのか。」
比与森閑古
「え……?う、うそ、し、死んで……」
糸色恋花
「なに、が……、毒桃……さん……、………………」
手をぽふりと叩いた音に、集まった誰のものでもない声がくぐもった。
描成絵智
「……っ…あ、れ……ぼく……?」
モノエル
「…導かれたのは1人だったみたいでしゅね。
おはようございましゅ、描成しゃま!」
描成絵智
「……え……?あ、はい…?おはよう、ござい…ます…?」
琴ノ緒閑寂
「え、描成……生きてるのか……?」
遠雷紬
「……っ??…?」
比与森閑古
夜見塚灰慈
「よくもねぇだろ…協会の人間は何をしている……」
額に汗を浮かべ、血の気の失せた青白い顔に細い息を漏らした描成は、ふらりと身体を起こした。
同時により鮮明にわかってしまう。
隣に横たわる毒桃が、すでに手遅れであることが。
天城飴梨
「きょう、ちちゃ………」
心条裁己
「毒桃さん……」
糸色恋花
花柳玲子
「…とにかく、描成さんの手当てだわぁ」
茶渡利三沙
「こういうのは流石に、警察の仕事じゃあないのかい?」
描成絵智
エリアス
「……描成様、とりあえず安静になさってください」
フェイ
「気分が優れない者は 廊下に出るといい」
モノエル
「さてと。皆しゃま、先のコップ事件を覚えていましゅか?
【施設で起こった問題は皆で解決】すること。
皆で協力して、殺人犯を探すでしゅ!」
モノエル
「捜査をしたら集まって、裁判をするでしゅ。
さー皆しゃま、毒桃しゃまの弔い合戦だと思って頑張るでしゅ!」
リリー
「…………あらぁ…たいへ~ん」
比与森閑古
「誰かがその……こ、殺したなんて、そんな……」
面屋敷浪漫
「わ、私はこの中に殺人犯がいるなんて思いませんが…」
琴ノ緒閑寂
「さ……殺人犯とか、事故かもしれんだろ」
心条裁己
「事件とも事故とも言いきれない……であれば、今できることは
何が起こったのかを調べることのみ……でしょう」
天城飴梨
「…っは、ひどすぎる……なんで、どうしてだよ……ッ」
陽気で明るいモノエルの声は、お茶会に誘う時の声となんら遜色がない。
人が目の前で死んでいたというのに、あまりに不釣り合いなその声に、ひしひしと嫌な予感がした。
しかしもう、遅いのだ。
死者は語らず狼は茂みに潜み、後にも先にも血の足跡のみの獣道。
進むしかないその道は、どこへ向かっていくのだろうか?
モノエル
「素人の皆しゃまが捜査をしやすいように、簡単な事件ファイルを
作りまちた。各自お手持ちの電子手帳で確認してくだしゃいね!」
遺品「手作りの帽子」
毒桃京知の母が作ってくれた帽子。
被る人はもういない。