chapter3- 高き月見し夜想曲、
赤色讃美歌に口付けを-
chapter3-高き月見し夜想曲、
赤色讃美歌に口付けを-非日常編
絶望病というチープな病名を付けられた生徒の熱は続く。
病状は大小様々だが事態は深刻で、未だに特効薬が渡されることはなかった。
残された者に出来るのはせいぜい看病程度で、何をどうすればいいのか。
医療系の才能がいないことが悔やまれる。
そんな中、メアリー=アリア・カンタービレは個室に挟まれた廊下を歩いていた。
その手の中に小さな本の栞を一つ抱え、女性部屋から男性部屋へと続く角を曲がった。
メアリー
「Hmm……これ、忘れ物ですよねぇ……
てんやわんやですし、無理もありませんけど……Well,お部屋は……」
曲がった先の廊下の一番奥に、彼の部屋はある。
軽く扉をノックするが返事はない。出かけているのだろうか?
よくよく見ればドアが僅かばかりに開いていた。
鍵をかけ忘れたのか、物騒なことだと思いつつドアノブを握る。
メアリー
「あらぁ?Excuse me. ……入りますよぉ?」
1人1人の部屋はそう大きくなく、扉を開けた時点で部屋の全容がわかる程度だった。
だから全て見えてしまった。
壁や床にぶちまけられた血の赤さと、そこに沈む3人の身体が、見えてしまった。
最初に見えたのは彼だ。
褐色の肌にくすんだブロンドヘアー、いつもより着崩されたラフな服装。
どれも綺麗だったろうに、首から溢れた血のせいで何もかもが赤く汚れて、そこに品位も高貴さもない。
次に見えたのは彼だった。
真っ黒な服に真っ黒な髪とリボン、真っ黒な目に真っ黒な眼鏡。
どこもかしこも黒ばかりで、覗いて顔と手だけが真っ白で。
あのベストも黒だったろうか?いいや、あの赤いベストは濡れて黒く見えてるだけだ。
最後に見えたのは彼だった。
一見してベッドで眠っているようだった。
この赤さが無ければ、鍵をかけ忘れて眠ってしまったのだろうと思えた。
そのあまりに白すぎる肌と、まったく上下しない胸に呼吸の音がしない点に、気づきたくなどなかった。
『死体が発見されました。これより一定期間の後に裁判へと移行します』
メアリー
「っ……!ここです!!皆さん、来てください!」
無慈悲なアナウンスと叫び声の不協和音。
その音を頼りに駆けつける足音の数は多くない。
嫌な予感がする、だって前もそうだった。
死体が見つかったと思ったら、また別の場所でも見つかったじゃないか。
もうこれ以上の死体は見たくない、そう願いながら涙で滲んだ視界に駆けつけてきた人を映す。
モノエル
「今度は他の場所で死んでる人はいましぇんかねぇ?
えーと、部屋の中に転がってるエリアスしゃま、フェイしゃま、
夜見塚しゃまに、そこのメアリーしゃま。
あとやってきた先行は心条しゃまにリリーしゃま」
いつのまにか頭上にいたモノエルの暢気な声が、ひーふーと数える声が恐ろしく感じる。
どうか少なくありませんようにと祈らんばかりに耳を傾ける。
モノエル
「更に黒羽しゃま、続いて鼻差で茶渡利しゃま、
1頭身離れて糸色しゃま、並ぶ遠雷しゃま、
追い上げてきたのはユウヒしゃま、かかっているのか
花柳しゃま、おっと後方に見えてきまちた
遅れて赤音しゃま、外をまわって紅緑しゃま、
それを見るように踊瀬しゃま、後方にぽつんと
1人面屋敷しゃま!」
花柳玲子
「…人を競馬みたいに数えないでちょうだい」
糸色恋花
「んあ……?寝てるの〜?」
心条裁己
「!!……こ、れは……」
黒羽麗
「……なんで、なんで?昨日までみんなあんなに元気に…
…いや元気ではねーわ……」
紅緑茶
「ぜぇはぁ…くそ、手間取った。何があったんだ?」
踊瀬舞円華
「……。」
モノエル
「ふーよかった、部屋の中の3人以外全員いましゅね!」
描成『…………、え?』
滑川『また3人か……』
何が良いものか、と誰もが思った。
それと同時に手元の電子手帳の通知音が鳴る。
花柳玲子
「……あら、ふたり…?」
黒羽麗
茶渡利三沙
「……エリぴっぴと王様だけ?……ってことは」
「……もしや、灰慈は、」
モノエル
「だって2人しか死んでましぇんからね、勝手に殺さないで
あげてくだしゃい」
担架を運んできたちびエルが部屋に入ると、夜見塚の身体をずりずりと乗せあげる。
やや重そうによろよろとよろめきながら、廊下に並ぶ人の波を避けて運ばれていった。
カレブ『ほう。まだ生きているのが居るみたいだな。良かったじゃないか』
毒桃『いや良くはないでしょ、二人死んでるのよ?』
カレブ『前回より1人減ってるじゃないか。うん、喜ばしいことだろう?』
茶渡利三沙
「そう、か…彼は無事か…」
モノエル
「夜見塚しゃまは怪我をしているので、保健室で療養でしゅ。
んでもって、そもそもエルが来たのは死体の為なんかじゃなくて…」
モノエル
「これ!特効薬が人数分確保できたでしゅ!
さぁさ病気の皆しゃまはお注射しましょうね~」
取り出された注射器の薬も、本来なら喜ばしいはずなのに、現状が現状だけに素直に頷きがたい。
モノエル
「しかし皆しゃまふらふらでしゅね。お疲れでしゅ?
ヒーリング効果のあるお香もついでに作ったので、これをお部屋に飾って
皆しゃま癒されてくだしゃい」
モノエル
「とりあえずしっかり休んで、それからしっかり調査してくだしゃい。
ではでは、お次は裁判で~」
天城『こんのクソ天使………………』
一部屋の中の惨劇、血に濡れた二人の死体。
点在していた前回と違い、壱か所にまとまりすぎたこの事件を前に足がすくむ暇はない。
進まねば、調べねば。その先の真実が、どんなものであったとしてもーーー。
遺品「忠誠のリボン」
仕えるべき存在の瞳の色を映したリボン。
高貴にして麗しき色は
玉座に飾られることはなかった。
遺品「情景のリボン」
護るべき存在の瞳の色を映したリボン。
青い薔薇を携えようと
奇跡が舞い降りることはなかった。