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chapter4-不安と無音と懐疑心-
chapter4-不安と無音と懐疑心-非日常編
朝起きて、顔を洗って、身支度を整えて、ドアを開く。
少しずつその音が減っていって、いつのまにか朝はとても静かなものになっていた。
毎朝義務付けられたお茶会のため、広場に足を運ぶ者は半分ほどになっている。
それでも行くことを止めないのは、染みついてしまった習慣なのかもしれない。
廊下で何人かと出会いながら、黒羽はいつも通り広間の扉を開いた。
淡いクリーム色の壁に塗りたくられた赤が目に飛び込む。
赤い、それは、壁に飛び散ったそれは、見慣れた鮮やかな血
黒羽麗
「うおわぁっ!?……ってあれ、これペンキ……?ビビらせんなし……」
…ではなく、赤いペンキのようだ。
独特のにおいが鼻につき、一歩後ずさりながらも壁を見つめる。
よく見ればそれは、ペンキでつづられた巨大な文字であった。
―体育館にて幕は開かれる。”I am the Phantom of the Opera!”―
黒羽麗
「えーと……あいむざぷぁ……ぷぁん……ぺ…………
……とりま体育館行け的なヤツかこれ?」
黒羽がうろたえている間に、いつも通りお茶会広間にやってきた者は同じように唖然とする。
糸色恋花
茶渡利三沙
リリー
「……なに…?」
「………はぁ、面倒くさいわ…」
「なんだいあれは…随分と派手な事だな」
禍々しい赤い文字に誘われるまま、一同の足は体育館へと向かう。
体育館へとつながる渡り廊下前のフリースペースで、モノエルは騒がしいにもかかわらず
まったりとくつろいでいた。
モノエル
「おや皆しゃまお騒がしいことで。エルのようにゆったりと
くつろいでいきましぇんか?優雅なおやつタイムでしゅ」
糸色恋花
「太るわよ」
モノエル
「エルは皆しゃまと違って太っても可愛いからもーまんたいでしゅ」
糸色恋花
「飛べなくなればいいのに………」
かごもりのクッキーを空にして紅茶をすするモノエルを横目に、渡り廊下を通り抜け
体育館前にたどり着く。
体育館独特の少し重たい扉が、いつよもりやけに重く感じる。
体育館の中は照明がついておらず、天蓋もすべて閉じられており真っ暗だった。
何も見えない、何だただの悪戯か、明かりはどこだっけ。そう思いかけた時だった。
左右から伸びる光の帯が、ぱっと体育館の中央を照らす。
真っ暗な中でライトアップされたそれは、揺れていた。
首から伸びた青いマフラーが、スライド形式のゴールポストに絡まっている。
小柄な身体では足が届かず、それがゆらゆらゆらゆら、体育館の入り口から
入り込む風によりぎしりと音を立てていた。
赤音問だったものが、揺れていた。
黒羽麗
「え?あ、あ、アレって赤音……ちゃん……」
『死体を発見し』
流れてくるアナウンスへの意識を遮るように、今度は体育館奥の舞台に照明が灯された。
周りのざわめきも死体の揺れる音もアナウンスも、何もかもがぐちゃぐちゃと混ざる思考を
振り払う眩いシャンデリア。
その下に静かに立つのは、かつてこの舞台で歌声を披露してくれた
メアリー=アリア・カンタービレだった。
黒羽麗
「め、めありん……!?何これ、何がどうなってんの!?」
舞台の上にすらりと立ちライトを浴びる歌姫の光景は美ささえ感じる。
何人かが歩み寄ろうとするも、自分とメアリーの間で揺れる赤音の死体を前に足が進みがたい。
それでもと意を決して、一歩足を踏み出しそして。
シャンデリアが落ちた。
瞬きする間もなく、まっすぐに落ちたそこには彼女がいるというのに、手を伸ばす間もなくそれは落ちて。
ガシャーン!!!
耳をつんざくガラス細工の砕ける音、合間に聞こえた肉と血が潰れ飛び散る赤い音、誰かの叫び声、足音、先のアナウンスががんがんと耳に痛い、息遣いがうるさい。
暗い体育館の中で照らされた舞台はあまりにも残酷に、潰れたシャンデリアが帯びる血の匂いに咽びながら聞こえてくる。
『死体が発見されました。これより一定期間の後に裁判へと移行します』
黒羽麗
「ぁ…………」
糸色恋花
「………うそ」
茶渡利三沙
「!………っ、」
面屋敷浪漫
「…!!」
遠雷紬
「………………………………………………………………………」
心条裁己
「……、……」
糸色恋花
「なんなのよ…………やだ、もうやだ……いや、嫌………」
あれが本当に舞台で、ただの小道具や人形であればどれだけ良かったか。
遺品「白百合の簪」
金の枝に咲いた見てくればかりの模造品。
純潔とは程遠い乙女だった女が身に着けた
不義の形。
遺品「まわらない風車」
からからと空回りし続ける、
肝心な時には動いてくれない静かな置物。
chapter4-不安と無音と懐疑心-
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