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chapter5-アー・ユー・レディ?-
chapter5-アー・ユー・レディ?-非日常編
裏切り者である心条裁己の見張り、見知らぬ男の目撃情報、日常生活の家事炊事…目まぐるしく日々が周る。
家事炊事はむしろ今の自分たちにとって都合がよかった。
何か身体を動かしている方が、幾分か不穏な気が紛れたからだ。
モノエルは相変わらず忙しそうに飛び回り、ちびエルは以前ほど姿を見かけなくなっていた。
モノエル
「はー、こうしてお茶会をしているときだけが、唯一のリラックスタイム
でしゅ。ちびエル、最近フレーバーを変えまちた?いい仕事しましゅねぇ」
紅茶をすするモノエルはおいといて。
たまにカメラを持ってふらふらと飛んでいる個体がいるが、家事の手伝いはしてくれない。
モノエル
「エルが直接見て回れない分、ちびの一人に日常の記録を
お願いしてるでしゅ。はい、チーズ」
こうした生活の一部だけを切り取った画面は平和に見えるのに。
忙しいのか暇なのか分からない白黒達は放っておいて、各々自分の作業に取り掛かっていた。
それはまたも夜の出来事であった。
花柳玲子はグラスを傾け、溶けた氷が底を撫で始めたのを見て溜息を吐いた。
花柳玲子
「……そろそろ戻りましょうか」
いい加減切り上げねば明日に響く。そうすれば、数少ない大人に頼るあの子たちに不安を与えてしまう。
すっかり夜の帳が落ち切った廊下は暗い。
ライトは眩しすぎて酔いが酷くなる気がして、わずかな足元の明かりを頼りに歩きはじめる。
階段からそう距離はないが、酔ったままではまっすぐ歩く気力もわかない。
壁にもたれながらゆっくり歩いていると、誰かがそこにいた。
階段を降りようとするその人を、花柳は知らない。見たことのない男だ。
花柳玲子
「…………もしかして、遠雷ちゃんが見た」
遠雷の言っていたローブは被っていないが、酔いにかすんだ目と暗闇で顔が見えない。
そうこうしている内に、その人物は階段を下りて行った。
すぐに追いかけようにも足がもつれ、階段までたどりついた時にはとっくに姿が見えなくなってしまっていた。
花柳玲子
「…あれ?まさか酔ってて見間違い、ってことはないと……思うんだけれど」
一抹の不安を胸に抱え、一階に降りて一通り見渡すがやはり誰も見当たらない。
そのまま自室のベッドに横たわり、ほんの数分で意識を手放す。
もしこの時、酔っていなければ、疲労した夜でなければ、すべての部屋を見回っていたならば。
あの悲劇は起きなかったのかもしれない。
夜が明け、花柳は昨夜見た男の話を皆にする。
見知らぬ男の存在に胃がきりりとするが、それでも毎日の家事はしなければならない。
報告はそこそこに、皆一様に自分の作業に取り掛かった。
何事もなく平穏に朝を終え、昼過ぎのこと。
食事担当の糸色は、もうすぐ昼時だ、何を作ろうと考えながら3階へと上がっていた。
特に目的があったわけではなく、散歩がてら展示物を眺める。
糸色恋花
「お昼ね………、私の好みだけにするのもいけないし…」
糸色恋花
「はあ、………悪趣味なものばっか、本当」
よく見れば、展示棚の1つ、ガラスケースが割れていた。
そこはたしか、以前宰相が身に着けていたナイフが展示されていた箇所だ。
そのケースは秘密の部屋につながる扉の近くに展示しており、自然と扉にも目がいった。
その扉が、きぃと音を立てて奥の暗闇を覗かせていた。
糸色恋花
「…あら?あそこって秘密の部屋よね?前確認した時は鍵かかってたし……」
好奇心は花を枯らす。
見てはいけない知っていはいけない、開かずの間程人を引き寄せるものはない。
糸色恋花の手がドアノブを握り、そっと扉を推し進めればそれが見えた。
もたれかかる一つの影。
壁にはまったステンドグラスの光を浴びる姿は、誰よりきっと似合っている。
ただその顔色があまりに白く、白い肌があまりに赤く染まっていた。
『死体が発見されました。これより一定期間の後に裁判へと移行します』
糸色恋花
「いっ__…、嫌、きゃああああっ!」
色褪せた血の海の中、眠る黒羽麗を前に糸色の喉が悲鳴をあげた。
糸色恋花
「誰かっ、誰か来て!早く!展示室…黒羽さんが!」
花柳玲子
「…!」
茶渡利三沙
「…?まさか、また…」
遠雷紬
「……どこ」
糸色恋花
「あ、あぅ……、あっち、黒羽さんが」
ユウヒ
「何が…」
モノエル
「おやおやおや、今回はエルは何も言ってないでしゅよ?
なのに人が死ぬなんて…ぷぷー、酷い人もいたもんでしゅね!」
糸色恋花
「うるさい!いい加減にして、何度も何度もバカにして………!」
茶渡利三沙
心条裁己
「恋花、落ち着いて…奴に何を言っても無駄だろうさ」
「今くらい監視を緩めてくれてもいいんですよ?」
紅緑茶
「お前が怪しいことには変わらないだろ、心条」
何故だ。何故殺された。
秘密を握られたわけでも、才能に踏み込まれたわけでも、病にかかっているわけでもない。
なのになぜ。
決まっている。
【見知らぬ男】が関わっていることは、想像に難くない。
裏切り者の心条はずっと部屋にいるか、誰かが見張っていたのだから。
見知らぬ男は何者なのか。
そいつが事件に関わっているなら、きっとその正体は、そう。
例えるならば、心条が仕える存在でありモノエルの同胞、黒幕―――とか。
遺品「羊のワッペン」
迷える子羊を模したワッペン。
羊を導く少女の面影か。
いやいやあれは人をだます狼の影だ。
chapter5-アー・ユー・レディ?-
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