chapter4-不安と無音と懐疑心-
chapter4-不安と無音と懐疑心-裁判前編
きしり、と裁判台を踏みしめる音がする。
その音に慣れたことに気づくのが嫌だ。慣れてしまうほどに回数を重ねたこの裁判が、嫌だ。
いくら思えど、モノエルは無遠慮に裁判開始の木づちの音を鳴らすのだった。
モノエル
「あー恐ろしいでしゅね。あんなむごたらしい死体を飾り立てるなんて、
犯人は何を考えているんでちかね」
花柳玲子
「まずは2人の状態だけど…カンタービレさんの方は状態が、ね…。
先に赤音さんの方から考えてみましょうか」
花柳玲子
「赤音さんは体育館の真ん中で首を吊られていたけれど…
死体の状態はどうだったかしらぁ」
遠雷紬
「…体育館の中央で、首を吊られていた…全身ぼろぼろで…」
糸色恋花
「…時間をかけて何度も、痛い場所を…それでショック死だなんて…惨い」
【赤音の死体】
体育館の中央で首を吊られていた。死因は全身の外傷によるショック死。
傷の状態から、相当の時間をかけて何度も傷をつけたようだ。
傷は痛覚が鋭い箇所に集中している。
花柳玲子
「痛みを感じやすい箇所に、何度も時間をかけて傷をつけているわねぇ。
まるで…赤音さんを殺すことじゃなくて、傷つけることが目的みたい」
モノエル
「ひぃん、あんなにぼろぼろになって赤音しゃまお可哀そう…
赤音しゃまによっぽど怨みでもあったんでしゅかね?」
遠雷紬
「…赤音さん、体育館に来るようにって書いた手紙を持ってた」
【赤音の手紙】
赤音が持っていた手紙。『裏切り者について貴方だけに話があります。
今夜体育館に来てください』と書いてある。
エリアス『…手紙……』
描成『…(思わず腕をさすっている)』
花柳玲子
「そういえば…赤音さんが廊下の隅っこでモノエルと話していたわ。
会話の内容?ピーマンが苦手だから夕飯から抜いてほしかったようね。
子供舌なのが恥ずかしいんだって、可愛い秘密よね」
糸色恋花
「……えっと、これは一説として考えて欲しいのだけど……」
糸色恋花
「手紙を差し出して呼び出した人は、赤音さんがモノエルとこっそり
話してるのを見て、赤音さんを…"裏切り者"…って そう思ったんじゃ
ないかしら。ンン…あの状況でモノエルと二人きりで話しているのは…
怪しいって捉える人もいるかもしれないし」
糸色恋花
「…それで、赤音さんに手紙を出して、内容を見て赤音さんは体育館に
行ったとか。…ええ、手紙の内容自体 怪しいわね。けど"裏切り者"を
見つけられる可能性も無きにしも非ず…って考えたんじゃないかしら。
酷い痛めつけ方は…恨みとかになるのかしら…どれも仮説に過ぎないけど」
面屋敷浪漫
「な…るほ…ど?…。」
紅緑茶
「裏切り者を排他するため、か」
花柳玲子
「そうねぇ……赤音さんを裏切り者だと思い、体育館に呼び出し……
そこで彼を拷問でもしたか、こんな目に合わせたからと恨みを晴らしたか…
いずれにしても赤音さんを殺したんでしょうね」
花柳玲子
「赤音さんを怪しむのはまあ……分かるわぁ。糸色ちゃんも言ってた通り、
あの状況でモノエルとこっそり…となるとそう考えてしまうのも。
……でも、わざわざあんな風に死体を晒す必要はあったのかしら?」
花柳玲子
「……お茶会広場の文字を見るに、オペラ座の怪人に見立てているのは
間違いないんでしょうね…詳しいわけじゃあないし、目的もまだ
わからないけれど」
【お茶会広間の文字】
お茶会広場の壁に書かれた文字。赤いペンキで
「体育館にて幕は開かれる。”I am the Phantom of the Opera!”」
と書いてある。
心条裁己
「どのような意図があるのだか……」
遠雷紬
「……(不気味)」
花柳玲子
「シャンデリアが落ちたのも、見立ての1つなんだと思うわぁ。
けれど…彼女は私たちの目の前で潰されて死んだ。
……どうしてカンタービレさんはあんな場所に立っていたのかしらぁ?
赤音さんの死体もあったのに」
紅緑茶
「もしかして…赤音を殺したのはカンタービレなんじゃないか?
それなら平然と舞台に立っているのも当然だし、一番赤音を殺せる
ポジションにいたのもあいつだ」
紅緑茶
「だとしたら…それじゃカンタービレが死んだのは自殺か?
体育館に来るようペンキで文字を書いて、誰かが来るまで待ってた…
ってとこか」
茶渡利三沙
花柳玲子
「自殺…随分と派手な方法を選んだものだね」
「なんか、そう……今回は本当に派手でわけがわからなくなりそう
なのよねぇ。インパクトが強すぎるっていうか」
遠雷紬
「それは…。違うと思います。体育館に行く途中で、モノエルが夜の3時から
ずっとおやつと食べてたらしいから…」
【おやつタイム】
「エル、夜の3時からおやつタイムをしてまちた。体育館に行くにはエルのそばを通らないといけないでしゅが、皆しゃまが体育館に行くまで誰の出入りもなかったでしゅよ」
遠雷紬
「赤音さんが死んだのは…夜中の2時。……モノエルがいた夜の3時から、
私たちが来た8時までは体育館は…誰も出入りがありませんでした。
………つまりメアリーさんは、少なくとも……
3時からずっと体育館にいたはずです……」
遠雷紬
「……………5時間も。…いつ来るかも、分からない私たちを…
…体育館の中で待っていたとは……あまり、思えません」
茶渡利三沙
花柳玲子
「ふむ…」
「たしかにそうね。……カンタービレさんの身体は潰れていて
殆ど何もわからないけれど…何か手掛かりは残っていなかった?」
糸色恋花
「メアリーさんの身体にテグスがついていたわ。途中で切れてたけど。
悪趣味ね。…まるでマリオネットみたい」
遠雷紬
「舞台の吊りバトンにもピアノ線がくくってあった。
…あと、何か糸がこすれたような跡も」
【透明なテグス】
メアリーの遺体につながっていた透明な細長いテグス。
近くで見ないと非常に見えづらく、数mはあるが途中で千切れている。
【吊りバトンの痕跡】
舞台の照明やぶら下げるものをとりつけるためのバトン。舞台脇の装置で上げ下げが可能。舞台の中央部のバトンに切れたピアノ線が結び付けられている。他にも細長い糸が擦れたような跡が残っている。
茶渡利三沙
「メアリーの身体につながっていたテグスは、透明で近づかないと
見えなかったな。 メアリーが立っていた中央部分の吊りバトンの跡が、
テグスがこすれた跡だとしたら…メアリーは立ってたんじゃなくて、
立っているように吊るされてたんじゃないかい?」
茶渡利三沙
「多分テグスを大きな輪っかにしてバトンに通して、シャンデリアを
落とした時に、テグスも切れて下に落ちるようになってたんだな。
全く、手の込んだことだな」
糸色恋花
「……あんなテグス、パッと見気づきにくいものね
花柳玲子
「あの暗い体育館も赤音さんの死体もシャンデリアも、カンタービレさんを
吊るしていたテグスに気づきにくくさせるものだとしたら…
すでに彼女は、あの時点で死んでいたってこと?」
紅緑茶
「けど、カンタービレの死体発見アナウンスはシャンデリアが落ちた後に
鳴ったぞ?すでに死んでたなら、落ちる前に見つけた時点でなったはずだ」
花柳玲子
「忘れたかしらぁ?カンタービレさんが見えてシャンデリアが落ちた時、
赤音さんのアナウンスが鳴っていたわぁ。犯人はわざと赤音さんを
目立たせて、アナウンスが鳴っている内にメアリーさんを見せることで、
生きていると思わせたのよ。たぶんね」
花柳玲子
「でも、……。…タイミングよくライトやシャンデリアを操作するためには、
その場で見ていないと出来ない…
つまり犯人はあの時、舞台脇にいたんじゃない?」
モノエル
「体育館内のライトや舞台装置は、舞台脇の管理装置で行いましゅ。
まさかそんなところに潜んでいたなんて…恐ろしい犯人でしゅね!」
茶渡利三沙
「そういえば…照明は舞台脇の管理パネルで操作するが、ON/OFFくらいなら
付属のリモコンでも可能なようだ。どっかにいってるみたいだが」
遠雷紬
「キャットウォークにも照明がついてたよね。
あと…手すりのこすったような跡も、気になる…」
【操作パネル】
舞台脇の管理装置のパネル。体育館内のライトや舞台装置などをここで操作することになっている。一部照明のON/OFF程度ならリモコンで体育館内での遠隔操作が可能。リモコンは現在紛失中。
【てすり】
キャットウォークの手すり。簡易照明が取り付けられ、体育館中央の赤音の死体を照射している。手すりの一部に紐がこすれたような跡が残っている。
花柳玲子
「けど…シャンデリアを落とすことは、リモコン操作じゃどうにも
できないはずよぉ。舞台脇のパネルを使わずに落とすことなんて
できるの?」
糸色恋花
「モノエルの鋏…キレスギールだっけ?あれが吊りバトンに、固定されていた
けど…それに長い紐も持ち手についてたみたい…
ふざけた名前だけど、切れ味はすごい?らしいわ…」
遠雷紬
「シャンデリアにも、ピアノ線がついていた…それと、何かの紐も」
【キレスギール】
モノエルが用意した特製のハサミ。ほとんど握力がない人でも握れて、金属も切断出来てしまうほどの切れ味を誇る、超音波ブレードが使われている。舞台中央の吊りバトンに固定されており、持ち手に長い紐の輪が括りつけられている。
【シャンデリア】
メアリーの身体をつぶした大きなシャンデリア。血だまりの中に飾りのガラスが粉々になって散らばっている。上部にピアノ線が括りつけられており、途中で切断されている。飾りの一部に長い血のついた紐が絡まっている。
糸色恋花
「(手帳に何かを描いている)………ピタゴラスイッチ…本当、手が込んでる」
糸色恋花
「(開いたページの図解を見せ)…まず、…舞台脇に居なくても
落とせたと思うの。ピアノ線を使ってシャンデリアをバトンから吊るす、
そのバトンに開いた状態のハサミを固定する。位置を調整して、持ち手と
同時に刃も閉じて、ピアノ線を切断するように」
糸色恋花
「次。ハサミの持ち手に輪っかにした紐を通して、シャンデリアにも
一部ひっかけておいて……。紐を舞台脇からキャットウォークの手すりを
介して、入口近くまで伸ばしておくの」
糸色恋花
「赤音さんの死体にライトアップされた舞台。……あんな派手で、惨い物を
見たら私も、皆さんも。………そうキャットウォークなんて目に入らない
と思う、……実際そうだったわ。犯人を除いて。…その隙に犯人は、
入口近くに垂らした紐を思いっきり引っ張ったんじゃないかしら?」
糸色恋花
「…普通のハサミなら無理だわ。でもあの変なカラクリのハサミなら、
持ち手が軽く閉じただけでもスパって切れたでしょうね、皆見たもの。
後はシャンデリアが落ちてメアリーさんを潰して、シャンデリアに
引っ掛けておいた紐も一緒に引っ張られて舞台に……、ね」
花柳玲子
「………ややこし……」
面屋敷浪漫
「難しいですね…」
茶渡利三沙
花柳玲子
「あまりにも手が込んでいるもんだから訳が分からなくなってきてしまった」
「……準備に手間もかかるし、冷静な人があたりを見ていたらすぐに
ばれてしまう。それを…暗闇に死体をライトアップする演出、
アナウンスの音で注目をそらしたのねぇ。まったくお利口さんだわぁ」
花柳玲子
「犯行は夜中だから準備や試す時間はあっただろうけど…
あらためてとんでもない犯人ねぇ」